Instagramで「あの動画」を見たことはないだろうか

白いケーキにナイフを入れる。断面からピンク色のクリームがとろりと流れ出す。歓声。拍手。目を潤ませる人もいる。「女の子だ!」——誰かが叫んで、部屋が沸く。

最近、InstagramやTikTokでこの手の動画をやたらと見かけないだろうか。ケーキを切った瞬間に、中身の色で赤ちゃんの性別がわかるという、あのイベント。友達のストーリーで流れてきたり、おすすめ欄に上がってきたり。

あれには名前がある。「ジェンダーリビール」。英語で Gender Reveal、直訳すると「性別のお披露目」。ケーキの中にピンクのクリームやフルーツを仕込めば女の子、ブルーなら男の子。カットした瞬間の「わあっ」が醍醐味だ。

日本でここ数年、一気に広がった。パティスリーではオーダーメニューに加える店が増え、レシピサイトには手作り動画があふれている。Instagramで「#ジェンダーリビール」と検索すると、投稿数は10万件を超える。

でも、この文化がいつ、どこで生まれたのか。なぜケーキなのか。そして、なぜ日本にここまで自然に馴染んだのか。意外と、誰も説明できない。

ピンクは女の子、ブルーは男の子。そのルールは誰が決めたのか

ジェンダーリビールの起源は、意外と新しい。2008年、アメリカのブロガー、ジェンナ・カーヴネル(Jenna Karvunidis)がロサンゼルスの自宅でケーキの中にピンクのアイシングを仕込んで、友人たちの前で赤ちゃんの性別を発表した。それが始まりとされている。

彼女のブログ記事がSNSで拡散され、「これ、うちもやりたい」とアメリカ中に広まった。もともとアメリカには「ベビーシャワー」という出産前のお祝いパーティの文化がある。友人が集まって、プレゼントを渡して、妊婦を祝う。ジェンダーリビールはそのパーティの目玉イベントとして定着していった。

ケーキだけではない。バルーンの中に色付きの紙吹雪を詰めて割る。ゴルフボールを打つと色のパウダーが飛び散る。ピニャータ(くす玉)を叩き壊す。アメリカ人は、サプライズとなると何事もスケールが大きくなる。

そして、エスカレートした。

花火を上げたら、山が燃えた

2020年9月、カリフォルニア州サンバーナディーノ郡。あるカップルがジェンダーリビールパーティで「発煙装置」を使った。色の煙で性別を発表するはずだった。乾燥した草地に火花が飛び、山火事が発生。「エルドラド・ファイア」と名付けられたその火災は、約9,000エーカー(約3,600ヘクタール)以上を焼き尽くし、消防士1名が命を落とした。

これだけではない。2019年にはアイオワ州で、性別発表用の自作パイプ爆弾が暴発し、56歳の女性が亡くなっている。テキサス州では性別発表用のセスナ機が墜落。ニューヨーク州では発煙装置が爆発して26歳の男性が死亡した。

発端となったジェンナ・カーヴネル本人は、2019年にFacebookでこう書いた。「あのケーキを切った瞬間がここまで大きくなるとは思わなかった。正直、もうやめてほしい」。自分が始めた文化が暴走していく姿を見て、公に苦言を呈した。皮肉なことに、彼女の最初の子どもは後にノンバイナリーであることを公表している。

アメリカのジェンダーリビールは「SNS映え競争」になってしまった。より派手に、より危険に、よりバズるように。本来の「性別を知る喜びを分かち合う」という趣旨から、どんどんかけ離れていった。

ジェンダーリビールケーキの断面——ピンクとブルーのクリーム
ケーキの断面から色が現れる瞬間が、ジェンダーリビールの醍醐味だ

なぜ日本では「ケーキ」のまま、穏やかに広まったのか

面白いのは、日本に入ってきたジェンダーリビールが、アメリカほどエスカレートしなかったことだ。

花火も、発煙装置も、パイプ爆弾もない。日本のジェンダーリビールは、ほぼ100%「ケーキ」。穏やかで、優しくて、甘い。

InstagramとTikTok経由で日本に本格的に入ってきたのは2018年頃。最初はスイーツ好きの妊婦たちが「海外のおしゃれな文化」として取り入れ始めた。手作りレシピがCookpadやクラシルで共有され、やがてパティスリーがオーダーメニューとして提供するようになった。

東京・自由が丘のパティスリーや、大阪・北堀江のケーキ店。名古屋、福岡、札幌——対応する店は全国に広がっている。価格は1ホール4,000円〜6,000円程度。事前に産婦人科のエコー結果を封筒に入れてパティシエに渡すと、親自身も知らない状態で、ケーキの中にピンクかブルーのクリームを仕込んでくれる。切る側も、見ている側も、全員が同時に性別を知る。あの「わあっ」は、だからこそ生まれる。

手作り派も多い。スポンジの間にいちごクリームを仕込めばピンク。ブルーベリーやバタフライピーのクリームを使えばブルー。市販のスポンジケーキとホイップクリームがあれば、キッチンで30分もあればできる。ハードルの低さも、日本で広がった理由だろう。

なぜ「ケーキ」だったのか。考えてみれば、日本人はもともと節目をケーキで祝う文化を持っている。誕生日ケーキ、クリスマスケーキ、ウエディングケーキ。人生の大事な瞬間にケーキがある国。そこに「性別がわかる瞬間」が加わるのは、ごく自然な流れだったのかもしれない。

赤飯の隣に、ピンクのケーキ

日本人は昔から、食で人生の節目を刻んできた。

お食い初めの鯛。七五三の千歳飴。合格祝いのカツ丼。送別会の居酒屋。節目に「食べる」という行為に日本人が特別な意味を込めてきたことは、歴史が証明している。

出産を祝う食の伝統もある。赤飯、ちらし寿司、尾頭付きの鯛。家族が集まって、新しい命を食卓で迎え入れてきた。そこに、ジェンダーリビールケーキが加わった。和と洋が混ざっているようで、根っこは同じだ。「大事な瞬間を、食を囲んで共有したい」——その本能は変わっていない。

アメリカでは花火が上がり、山が燃え、爆弾が暴発する。一方、日本のリビングでは家族がケーキを囲んでいる。同じ「ジェンダーリビール」という名前でも、文化のフィルターを通すとここまで変わる。日本人はケーキを選んだ。それがたぶん、この国の食文化の本質だ。

形は変わっても、大切な人と一緒にケーキを切る。断面からピンクが現れた瞬間、そこにいる全員が同じ気持ちになる。その瞬間が特別なのは、昔も今も変わらない。

KOTOHAREの視点:ジェンダーリビールケーキは2008年にアメリカで生まれ、SNSを経由して日本に渡ってきた。アメリカではエスカレートの一途を辿る一方、日本では「ケーキ」という穏やかな形で定着している。お食い初め、七五三、お宮参り——食で人生の節目を刻んできた日本人にとって、「性別がわかる瞬間をケーキで共有する」のは、ごく自然なことだったのかもしれない。赤飯の隣にピンクのケーキ。新しい文化は、古い文化の延長線上にある。