河原の煙は「BBQ」ではなかった
ゴールデンウィークになると、日本中の河原に煙が立ちのぼる。レジャーシートを敷き、使い捨てコンロに炭を入れ、網の上に薄切り肉と野菜を並べる。トングで肉をひっくり返し、焼けたそばからタレにつけて食べる。缶ビールを開け、「やっぱBBQ最高だな!」と誰かが叫ぶ。日本の春の風物詩だ。
あれを、私たちは「バーベキュー」と呼んでいる。略して「BBQ」。だが、本場アメリカのBBQ愛好家がこの光景を見たら、こう言うだろう。「それはバーベキューじゃない。グリルだ」と。
なにを言っているんだ、と思うかもしれない。外で肉を焼いて食べたらBBQだろう、と。残念ながら、違う。バーベキューとグリルは、まったく別の調理法なのだ。網の上で肉を直火で焼き、焼けた端から食べていくのは「グリル」。バーベキューは、塊肉を低温の煙でじっくり何時間も——ときには15時間から17時間も——かけて調理する。英語では「Low and Slow(ロー・アンド・スロー)」と呼ばれる、忍耐の料理である。
🍺 筆者も30年以上、河原の屋外焼肉を「BBQ」だと思って生きてきた。親にも友人にも「今度BBQやろう」と言い続けてきた。本場の人、すまない。
そもそも「barbecue」という言葉の起源をたどると、カリブ海にたどり着く。16世紀、スペインの探検家たちがカリブ海の島々に上陸したとき、先住民タイノ族が木製の台の上で肉を燻しているのを目撃した。タイノ族はその木製の台を「barbacoa(バルバコア)」と呼んでいた。スペイン語を経由して英語に転化し、「barbecue」になった。つまり、BBQの原点は「煙でじっくり燻す」ことにある。網の上でジュージュー焼くことではない。
本場アメリカのBBQには「ピットマスター」と呼ばれる専門の調理人がいる。巨大なスモーカー(燻製器)の前で、温度と煙をコントロールしながら、何時間もかけて肉を仕上げる職人だ。テキサスでは「ピットマスター」は尊敬を集める称号であり、BBQ大会では数万人が集まる。彼らに言わせれば、薄切り肉を網で焼くのは「料理」ですらなく、ただの「加熱」だろう。
日本の「BBQ」は、BBQではない。では、私たちが河原でやっているあれは一体何なのか。その答えを探るうちに、バーベキューの歴史はカリブ海の先住民から、アメリカの奴隷制度から、日本のバブル経済まで、思いもよらない場所へとつながっていく。
「BBQ=屋外焼肉」に、誰も疑問を持たなかった
思い返してみてほしい。あなたが最後に参加した「BBQ」を。
スーパーで薄切り肉と野菜を買い出しする。使い捨ての焼き網と紙皿と割り箸をカゴに入れる。河原に着いたら火を起こす。これが意外と大変で、着火剤を使っても炭になかなか火がつかない。うちわであおぎ続けて20分。ようやく火が安定したと思ったら、最初に焼いた肉はもう冷めている。誰かが「タレある?」と聞き、誰かが「塩コショウしかない」と答える。
食べ終わったあとの片付けが、また苦行だ。油まみれの網、焦げついた鉄板、炭の処理。「楽しかったね」と言いながら、全員が内心思っている。「準備と片付けを考えると、焼肉屋に行ったほうがよくない?」と。
それでも「BBQやろうぜ」の一言に、日本人は逆らえない。ゴールデンウィークや夏休みの呪文のように、その一言で全員が動き出す。断ったら「ノリ悪い」と思われる。楽しいのは楽しいのだ。開放感がある。非日常感がある。ただ、冷静に考えると「わざわざ外で焼肉を食べている」だけなのだ。
実は、日本のBBQには本場のBBQが持つ最も大切な要素が欠けている。それは「待つ楽しさ」だ。本場のBBQでは、肉が焼き上がるまでの何時間もの間、人々はビールを飲み、音楽を聴き、会話を楽しむ。肉はピットマスターに任せて、自分たちはひたすら待つ。その「待つ時間」こそがBBQの本質であり、最高の贅沢なのだ。日本のBBQは、焼きながら食べる。待たない。全員が調理と食事を同時にやっている。忙しい。せわしない。「ビール飲んでる暇あったら肉ひっくり返して」と言われる。それは、楽しいけれど、BBQではない。
モヤモヤしたことがあるはずだ。「これってバーベキューなのかな」と、うっすら感じたことが。でも誰もそれを口にしない。だって楽しいから。外で食べるだけで、なぜか全部おいしいから。コンビニのおにぎりですら外で食べればごちそうになるのだから、薄切り肉だって十分においしい。それでいいじゃないか——と、思考停止してきた30年間を、今日ここで清算しよう。
カリブ海の生き抜く知恵が、テキサスの牛肉文化になるまで
バーベキューの歴史は、想像以上に深く、そして重い。
16世紀、カリブ海の先住民タイノ族は「barbacoa」と呼ばれる木製の格子台の上で肉や魚を燻製にしていた。直火ではなく、煙の熱でゆっくりと火を通す調理法だ。高温多湿のカリブ海では食料の保存が難しく、燻製は肉を長持ちさせるための生活の知恵だった。スペイン人の入植者がこの技術を持ち帰り、やがてアメリカ大陸南部に広がっていく。
ここで歴史は暗い影を落とす。アメリカの植民地時代、バーベキューの調理を実際に担っていたのは、黒人の奴隷たちだった。農園主たちは、売り物にならない硬い部位の肉——ブリスケット(牛の胸肉)やリブ(あばら肉)——を奴隷たちに与えた。硬くてそのままでは食べられないその肉を、奴隷たちは何時間もかけて低温で燻すことで柔らかくした。長い時間をかけて調理することには、もう一つ理由があった。少ない食料で空腹を凌ぐために、「ゆっくり食事をする」ことが生き延びる知恵だったのだ。
🍖 BBQが「貧困層の生き抜く知恵」から始まったと知ったとき、河原で焼くウインナーの味が変わった気がした。少なくとも、雑に焼いてはいけないと思った。
南北戦争後の奴隷解放を経て、BBQ文化はアメリカ南部から北部、西部へと広がる。テキサス、カンザスシティ、メンフィス、カロライナ——地域ごとに独自のBBQスタイルが生まれ、いわゆる「バーベキューベルト」が形成された。面白いのは、BBQの最初の主役が牛ではなく豚だったことだ。植民地時代、豚は牛よりも安価で飼いやすい家畜だった。カロライナBBQが今でも豚肉(プルドポーク)を中心にしているのは、その名残である。
テキサスでBBQの主役が牛肉に変わったのは、19世紀後半の牧畜業の発展がきっかけだ。広大な牧草地で育てられた牛の硬い部位を、ドイツ系・チェコ系移民の肉屋たちがスモーカーで調理し始めた。テキサスBBQの象徴であるブリスケットは、もともと「売れ残り」の安い部位だった。それを10時間以上かけてスモークすることで、溶けるように柔らかい絶品に仕上げる。貧しさから生まれた料理が、今やテキサスの誇りとなっている。
では、日本にはいつバーベキューが伝わったのか。記録をたどると、「バーベキュー」という言葉が日本の辞典に初めて登場したのは1932年(昭和7年)のことだ。当時の表記は「バービキュー」。戦後、アメリカ文化とともに日本に入ってきたが、本格的に広まったのは1980年代のバブル期だった。アウトドアブームに乗って「バーベキューセット」が飛ぶように売れた。ただし、日本に入ってきた時点で、すでにその中身は変質していた。
日本人は「BBQ」を「屋外で肉を焼くこと」と解釈し、そのまま独自進化させた。薄切り肉、焼肉のタレ、焼きそば、焼きとうもろこし。考えてみれば、日本には「炉端焼き」という屋外で食材を焼く文化がもともと存在していた。BBQは「炉端焼きの延長」として、違和感なく日本の食文化に溶け込んだのかもしれない。ちなみにオーストラリアでは公園に無料の公共BBQ設備(電気グリル)が設置されていて、誰でも自由に使える。日本にそんなものはない。河原で場所取りをして、自前の道具を運んで、終わったら全部持ち帰る。その不便さも含めて、日本のBBQなのだ。
今年のGW、河原のBBQを10倍おいしくするコツ
歴史を知ったところで、今年のゴールデンウィークに河原でBBQをやらないわけにはいかない。ならば、ほんの少しだけ「本場」に近づけてみよう。特別な道具は必要ない。スーパーで買えるもので十分だ。
まず、肉は塊で買う。これが最も大事なポイントだ。薄切り肉を網の上で焼くのは「グリル」であり「焼肉」だ。BBQをやりたいなら、肩ロースやバラ肉のブロックを買おう。500g〜1kgくらいの塊を、じっくり時間をかけて焼く。表面に焼き色がついても、中はまだ火が通っていない。それでいい。弱火でゆっくり。蓋をして(アルミホイルでもいい)、30分から1時間かけて火を通す。その間に飲むビールが、BBQの本当の醍醐味だ。
肉を焼く前にやってほしいことがある。「スパイスラブ」だ。塩、粗挽き胡椒、パプリカパウダー、ガーリックパウダーを混ぜて、肉の表面にすり込む。これだけで、焼き上がりの香りと味が劇的に変わる。パプリカパウダーはスーパーのスパイスコーナーに普通に売っている。騙されたと思って試してほしい。それから、肉は焼く30分以上前に冷蔵庫から出して常温に戻すこと。冷たい肉をいきなり焼くと、外は焦げて中は生という悲劇が起こる。
野菜は「丸ごと焼く」のが鉄則だ。玉ねぎは皮ごとアルミホイルに包んで、炭の横に転がしておく。40分後に取り出すと、トロトロに甘くなっている。トウモロコシも皮つきのまま焼ける。ピーマンは丸ごと網の上に乗せるだけ。種ごと食べられるし、丸焼きにしたピーマンの甘さは、カットして焼いたものとは別次元だ。
意外なおすすめ食材も紹介しよう。厚揚げ。網の上で焼いて、醤油と生姜で食べる。外はカリカリ、中はふわふわ。肉の合間に食べると箸が止まらない。カマンベールチーズはアルミホイルの上で丸ごと溶かして、バゲットやクラッカーをディップする。デザートにはバナナだ。皮ごと網に乗せて、皮が真っ黒になるまで焼く。中身はトロトロのホットバナナになる。チョコレートを割って挟めば、即席バナナチョコレートの完成だ。
炭にもこだわりたい。ホームセンターで売っている安い炭(マングローブ炭)は火つきがいいが、火持ちが悪く、煙が多い。もし手に入るなら、備長炭を使ってほしい。火をつけるのに時間がかかるが、いったん火がつけば3〜4時間は安定して燃え続ける。煙も少なく、遠赤外線で肉がふっくら焼ける。安い炭で1時間の短期決戦をするか、備長炭でじっくり3時間のBBQを楽しむか。本場のスピリットは、後者にある。
🌽 個人的にBBQで一番うまいのはトウモロコシだ。醤油を刷毛で塗りながら焼くだけで、肉より先になくなる。あの焦げた醤油の香りは、もはや河原の香水である。
塊肉を焼いて、ビールを飲んで、待つ。それがBBQだ
今年のゴールデンウィーク、もし河原に行くなら、一つだけ試してみてほしい。
肉を、塊のまま焼く。薄切りではなく、ブロックのまま。タレにはつけない。スパイスをすり込んで、弱火でじっくり。そして、焼き上がるまでの時間を、楽しむ。ビールを開けて、空を見上げて、隣の人とくだらない話をする。スマホは置いて。「まだ焼けないの?」と誰かが聞いたら、「まだだよ」と笑って答える。
その「待つ時間」にこそ、BBQの本質がある。16世紀のカリブ海で、タイノ族が木の台の上で肉を燻していたとき、彼らもきっと待っていた。火のそばで、仲間と語り合いながら。アメリカ南部で、過酷な労働の後に硬い肉を何時間もかけて燻していた人たちも、その時間だけは自分たちのものだった。BBQとは、火を囲んで、人と過ごす時間のことなのだ。
もちろん、日本式の「屋外焼肉」が悪いわけではない。薄切り肉を焼肉のタレにつけて食べるのは普通においしいし、焼きそばだって最高だ。ウインナーに切り込みを入れて焼くあの楽しさは、何歳になっても変わらない。ただ、それを「BBQ」と呼ぶのは、そろそろやめてもいいかもしれない。「屋外焼肉」でいい。堂々と「焼肉やろうぜ」と言えばいい。
そして、一年に一度くらいは、本当のBBQをやってみてほしい。塊肉を買って、スパイスをすり込んで、炭火の横に置いて、2時間待つ。その間にビールを3本飲んで、友人と今年の目標について語り合う。焼き上がった肉を切り分けたとき、断面がピンク色で、煙の香りがふわっと立ちのぼったら、あなたはもうピットマスターの入り口に立っている。
バーベキューは、カリブ海の知恵から生まれ、アメリカの歴史を背負い、海を渡って日本の河原にたどり着いた。その長い旅路を思いながら食べる一切れの肉は、きっと今までで一番おいしい。待つ時間も、煙も、ビールも、全部含めて。それが、本当のBBQだ。