「とりあえずビール」——世界で日本だけの呪文
居酒屋に入る。席に着く。メニューを開く前に、誰かが言う。「とりあえずビールで」。周りも頷く。店員が「生ビール4つですね」と確認する。全員が同じものを頼む。このシーン、日本中の居酒屋で毎晩何万回と繰り返されている。
あまりにも日常的すぎて、誰も不思議に思わない。でも、海外の人にこの光景を説明すると、ほぼ100%驚かれる。「なぜ全員同じものを頼むの?」「自分の飲みたいものを頼ばないの?」「そもそも"とりあえず"って何?」——彼らの疑問はもっともだ。日本語の「とりあえず」を英語に訳そうとすると、ぴったりくる言葉が見つからない。"for now"でも"anyway"でもニュアンスが違う。この一言には、日本人特有の「場の空気を優先する」感覚が凝縮されている。
アメリカのバーでは、一人ひとりが自分の飲みたいものを注文する。IPAを頼む人、バーボンを頼む人、ワインを頼む人。「とりあえず全員同じもの」という発想自体がない。ヨーロッパも同じだ。ドイツですらビールの種類が多すぎて、「とりあえず」では注文が成立しない。ピルスナーなのか、ヴァイツェンなのか、デュンケルなのか。ベルギーに至っては、1つのバーに100種類以上のビールが並んでいることも珍しくない。
「とりあえずビール」。この5文字は、日本の飲み会文化を象徴する、世界で最もユニークな呪文かもしれない。
なぜ日本人は「とりあえずビール」と言うのか。なぜビールなのか。そして、なぜ今、その文化が変わりつつあるのか。飲み会の最初の5秒間に隠された、日本文化の深い話をしよう。
「本当はビールじゃなくてもいいんだけど…」
正直に言おう。「とりあえずビール」と言っているあなた、本当にビールが飲みたいですか?
本当はレモンサワーが好き。本当はハイボールが飲みたい。本当は最初から日本酒を頼みたい。でも、最初の一杯だけは「ビール」と言ってしまう。なぜなら、そう言うのが「普通」だから。場の空気を読んで、全員と同じタイミングで同じものを頼む。乾杯を合わせるために。誰かが「ビールで」と言った瞬間、もう流れは決まっている。そこに逆らうのは、思った以上にエネルギーがいる。
「ビール苦手なんだよね」と飲み会で打ち明けたことがある人は少なくないはずだ。でも、それを最初の注文の場面で言える人は少ない。「えー、じゃあ何飲むの?」と聞かれ、全員が自分の注文を待つあの沈黙に耐えられないから。あの数秒間の気まずさを回避するために、苦手なビールを「とりあえず」頼んでしまう。考えてみれば、なかなかシュールな光景だ。
これは笑い話ではなく、日本の飲み会における小さな、でも確実な同調圧力だ。「みんなと同じ」を選ぶことで場が丸く収まる。逆に、一人だけ違うものを頼むと「空気読めない」と思われるかもしれない。たかが一杯のビールに、こんなにも社会的な意味が乗っている国は、世界中を見渡しても日本だけだろう。
若い世代には「最初からサワーでよくない?」と思っている人が確実に増えている。でも、上司や先輩がいる飲み会では言い出せない。「とりあえずビール」は、会社の忘年会から合コンまで、あらゆる飲みの場を支配している見えないルールなのだ。新入社員が最初に覚える暗黙のマナーの一つと言ってもいい。
もちろん、本当にビールが好きで最初の一杯にビールを選んでいる人も大勢いる。仕事終わりの生ビールの一口目は、何物にも代えがたい幸福だ。問題は、「好きで選んでいる人」と「空気を読んで選ばされている人」の区別がつかないことだ。全員が同じものを頼んでいるから。
戦後日本が生んだ「みんな一緒」のビール文化
なぜ「とりあえずビール」が定着したのか。その歴史を紐解くと、戦後日本の経済成長と「均質化」の文化が見えてくる。
戦後、日本のビール市場はキリン、アサヒ、サッポロ、サントリーの大手4社がほぼ独占していた。大量生産・大量消費の時代、ビールは「選ぶ」ものではなく「出てくる」ものだった。居酒屋にはだいたいビールのサーバーが1つしかなく、銘柄の選択肢すらないことも多かった。「ビールください」と言えば、その店が契約しているメーカーのビールが出てくる。それが当たり前だった。
高度経済成長期、サラリーマンたちは仕事の後に居酒屋に行き、全員でビールを飲んだ。これは単なる飲酒ではなく、「チームの結束を確認する儀式」だった。同じものを同じタイミングで飲み、同じグラスで乾杯する。「一体感」を味わうための装置として、ビールは最適だったのだ。課長も部長も新入社員も、同じビールを飲む。そこに上下関係はない——少なくとも、最初の一杯だけは。
生ビールは注文してから出てくるまでが早い。全員分がほぼ同時に届く。これが「乾杯を合わせる」文化と完璧にマッチした。ワインや日本酒、カクテルでは、一人ずつ注文を聞いて、一人ずつ作って出す必要がある。10人の飲み会で全員バラバラの注文をしたら、最後の人のドリンクが届くまでに何分かかるだろう。「とりあえずビール」は、店にとっても客にとっても、最も効率的な最初の一杯だったのだ。
もう一つ重要なのは、ビールの味のポジションだ。日本の大手ビールはラガーが主流で、味のクセが少なく、誰でも飲みやすいように設計されている。「嫌いじゃない」という消極的な受け入れで成立する味。これが「とりあえず」の文化を支えた。誰も積極的に選んでいるわけではない。でも、誰も「嫌だ」とは言えない。絶妙なバランスの上に成り立つ選択だ。
さらに、テレビCMの影響も大きい。ビール会社は日本で最も広告費を使う業界の一つだ。「仕事の後の一杯」「仲間との乾杯」——CMが繰り返し描くあのイメージが、「飲み会=まずビール」という刷り込みを何十年もかけて完成させた。夏のビールのCMを思い出してほしい。汗をかいた後にグラスに注がれるあの黄金色の液体、「ぷはーっ」という効果音、笑顔で乾杯する人々。あれは単なる広告ではなく、日本人のビール観を形作った「教育」だったのかもしれない。
クラフトビールが壊した「とりあえず」の壁
ところが今、この文化に静かな変革が起きている。
クラフトビールの台頭だ。IPA、ペールエール、ヴァイツェン、スタウト——「ビール」と一口に言っても、味も香りも全く違う個性的なビールが、日本中のバーや居酒屋に並び始めた。ここ数年のクラフトビールブームは、大手4社の寡占状態に風穴を開けた。小さな醸造所が全国に次々と誕生し、それぞれの土地の水、それぞれの醸造家の哲学で、個性的なビールが生まれている。
クラフトビールを飲み始めた人は、大手のラガーに戻れなくなることが多い。なぜなら、クラフトビールは「選ぶ楽しさ」を教えてくれるからだ。「このIPAは柑橘系の香りがする」「このスタウトはチョコレートみたい」「このヴァイツェンはバナナの香りがする」——自分の好みを知り、自分で選ぶ体験は、「とりあえず」とは正反対の行為だ。
最近の居酒屋やビアバーでは、「最初の一杯何にしますか?」と聞いてくれる店も増えた。クラフトビール、レモンサワー、ハイボール、ノンアルコール——選択肢が広がったことで、「全員同じ」という前提が崩れ始めている。ノンアルコールビールの品質向上も大きい。「飲まない」という選択肢が市民権を得たことで、「全員ビール」の圧力は確実に弱まっている。
若い世代の飲み方も変わった。そもそも「飲み会」自体が減り、少人数で好きなものを飲むスタイルが主流になりつつある。「とりあえずビール」が成立するのは、大人数の会社飲みという、きわめて限定的なシチュエーションになってきた。20代のビール離れが語られる一方で、クラフトビールにハマる若者は増えている。彼らは「とりあえず」ではなく、「これが飲みたい」でビールを選んでいる。
愛媛県西条市のGROUNDTAP BREWERYのようなご当地クラフトビールも全国各地で生まれている。「自分の街のビールを飲む」という新しい選択肢が、画一的なビール文化に風穴を開けている。地元の水で仕込み、地元の農産物を副原料に使い、地元の人に愛されるビール。それは「とりあえず」の対極にある、「わざわざ」のビールだ。
「とりあえずビール」が悪いわけではない。全員で同じものを頼んで乾杯する一体感は、日本の飲み会の魅力でもある。でも、「選べない」ことと「選ばない」ことは違う。選択肢がある上で「やっぱりビール」と言えたら、それは最高の一杯だ。
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「とりあえず」じゃない最初の一杯を
次の飲み会で、ちょっとだけ勇気を出してみてほしい。
「すみません、僕はハイボールで」「私はクラフトビールのメニュー見ていいですか?」——たったそれだけのことだ。でも、その一言が、長年続いてきた「とりあえず」文化に小さな穴を開ける。最初は驚かれるかもしれない。でも、二回目からは誰も気にしない。そして三回目には、周りも「じゃあ俺もサワーにしようかな」と言い始める。文化は、そうやって変わっていく。
「とりあえずビール」が悪いと言いたいわけではない。全員でビールを頼んで、一斉に乾杯する。あの一体感は、日本の飲み会の素晴らしい文化でもある。問題は「選べないこと」ではなく、「選ばないことが当たり前になっていること」だ。好きでビールを選んでいるなら、それは最高だ。でも、空気を読んで仕方なくビールを頼んでいるなら、そろそろその呪縛から自由になっていい。
クラフトビールを一口飲んで「こんなに違うのか」と驚いた経験がある人は多いだろう。その驚きの先に、「自分の好きな一杯を、自分で選ぶ」という小さな自由がある。大手のラガーが好きな人はそれでいい。IPAが好きな人もそれでいい。ハイボールが好きな人も、ノンアルコールを選ぶ人も、全員が「自分の一杯」を堂々と頼める。それが、飲み会の本来あるべき姿じゃないだろうか。
「とりあえず」から「これがいい」へ。日本の飲み会は今、静かに、でも確実に変わり始めている。次の乾杯で、あなたのグラスに何が注がれているかは、あなたが決めていい。