5月5日、あなたは何を食べるだろうか
こどもの日に、柏餅を食べる。あるいは、ちまきを食べる。多くの日本人が当たり前のようにやっていることだ。スーパーの和菓子売り場には4月下旬から柏餅が並び始め、5月5日に向けて売り場面積はどんどん広がっていく。季節の風物詩として、何の疑問もなく手に取っている人がほとんどだろう。
だが、ここで一つ問いたい。なぜ、こどもの日に柏餅を食べるのか。なぜ、ちまきなのか。その理由を、子どもに聞かれたとき、あなたはきちんと説明できるだろうか。「昔からそうだから」「そういう習慣だから」——それ以上の言葉が、出てくるだろうか。
🎏 筆者は去年、甥っ子に聞かれて固まった。「おいしいから」としか言えなかった。
毎年繰り返している食の行事なのに、その意味を知らない。考えてみれば、不思議なことだ。クリスマスにケーキを食べる理由は「海外の文化だから」と言えるかもしれないが、柏餅やちまきは日本独自の文化だ。自分たちの文化なのに、自分たちが説明できない。そこに、少し引っかかりを覚えてほしい。
柏餅とちまき。たった二つの和菓子の裏側に、親子の絆、中国の悲劇の詩人、関東と関西の文化の違い、そして「子どもの幸せを祈る」日本人の心が詰まっている。知れば、今年の5月5日の一口が、きっと変わる。
こどもの日の本当の意味を、知っているだろうか
こどもの日は、1948年(昭和23年)に「国民の祝日に関する法律」によって制定された。戦後間もない時期に、新しい日本の祝日として生まれたのだ。それ以前は「端午の節句」として、主に男の子の成長を祈る日だった。奈良時代にはすでに宮中行事として行われていた記録があり、千年以上の歴史を持つ。
ここで多くの人が知らない事実がある。祝日法におけるこどもの日の定義は、「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」日だということだ。こどもの日なのに、母に感謝する日でもある。この「母に感謝する」という一文を知っている人は、驚くほど少ない。
つまり、こどもの日は子どもだけの日ではない。子どもを産み、育ててくれた母への感謝を込めた日でもあるのだ。5月の第2日曜日には母の日がやってくるが、実はその前に、すでに「母に感謝する日」が存在していたことになる。
古来の端午の節句は、邪気を祓う行事だった。菖蒲(しょうぶ)の葉を軒先に飾り、菖蒲湯に浸かる。「菖蒲」は「尚武(武を尊ぶ)」と音が通じることから、武家社会の中で男の子の節句として定着していった。鎧兜を飾り、鯉のぼりを立てるのも、この武家文化の延長線上にある。
だが1948年の祝日法は、端午の節句を「男の子の日」から「すべてのこどもの日」に拡張した。性別を問わず、すべての子どもの幸せを願い、そして母に感謝する。戦後の日本が、新しい価値観を込めて再定義した祝日なのだ。その精神を、私たちはどれだけ受け継いでいるだろうか。
鯉のぼりを見上げて「きれいだな」と思うだけでなく、この日が何のためにあるのかを知っていれば、空を泳ぐ鯉の姿が少し違って見えるかもしれない。
柏餅とちまき、それぞれに宿る物語
柏餅の歴史は、一枚の葉っぱの性質から始まる。柏の木には、不思議な特徴がある。新しい芽が出るまで、古い葉が落ちないのだ。冬になっても枯れた葉がしがみつくように枝に残り、春に新芽が芽吹いて初めて、古い葉は役目を終えて落ちていく。
この姿に、昔の人は親子の姿を重ねた。新芽は子ども、古い葉は親。子どもが育つまで、親は絶対に離れない。「家系が絶えない」「子孫繁栄」の象徴として、柏の葉で包んだ餅を端午の節句に食べる文化が生まれたのだ。江戸時代に広まったとされ、老舗和菓子店・とらやの記録では元禄15年(1702年)に柏餅を作った記録が残っている。300年以上前から、日本人は子どもの成長を祈って柏餅を食べてきたことになる。
🍃 柏の葉が子を待つ親の姿だと知ったとき、柏餅の味が変わった。
一方のちまきには、中国の悲劇的な物語が込められている。紀元前3世紀、中国の戦国時代に屈原(くつげん)という詩人がいた。楚(そ)の国の政治家でもあった屈原は、国を憂い、正しい政治を訴え続けたが受け入れられず、絶望の末に汨羅江(べきらこう)に身を投げた。
屈原を慕う民衆は、彼の遺体が魚に食べられないよう、笹の葉で包んだ米を川に投げ入れた。これがちまきの起源とされている。やがてこの故事は端午の節句の風習として中国全土に広まり、日本にも伝来した。ちまきには「難を避ける」「厄を祓う」力があるとされ、子どもを災いから守る食べ物として定着していく。とらやの記録では慶安4年(1651年)にちまきを製造した記録があり、柏餅よりも50年ほど古い。
では、なぜ関東は柏餅で、関西はちまきなのか。その理由は意外とシンプルだ。柏の木は関東地方に多く自生していた。一方、関西には柏の木が少なかった。関西では先に伝わっていたちまきの文化がそのまま根づき、関東では手に入りやすい柏の葉を使った柏餅が広まった。植生の違いが、食文化の東西差を生んだのだ。
面白いのは、この東西差が現在でもはっきりと残っていることだ。全国和菓子協会の調査によると、関東では5月5日に柏餅を買う人が圧倒的に多く、関西ではちまきが主流だ。コンビニやスーパーの品揃えにも、この差は如実に表れる。同じ日本なのに、食べるものが違う。引っ越しをきっかけに「え、こどもの日にちまき食べないの?」と驚いた経験がある人もいるのではないだろうか。
柏餅には「親が子を見守る」願い。ちまきには「子を災いから守る」祈り。アプローチは異なるが、どちらも子どもの幸せを願う心から生まれている。一枚の葉、一本の笹。小さな包みの中に、数百年分の祈りが詰まっている。
食で節目を刻む、日本人の美しい習慣
柏餅やちまきだけではない。こどもの日の食卓には、実はさまざまな意味を込めた食べ物が並んできた。赤飯は「めでたい日の食事」として定番だ。ちらし寿司の華やかさは、子どもの成長を祝う食卓にふさわしい。たけのこは「すくすくと真っすぐ伸びる」姿が子どもの成長と重なるとされ、煮物や天ぷらにして食べる家庭も多い。
鰹(かつお)を食べる地域もある。「かつお」は「勝つ男」に通じるという語呂合わせだ。少し強引な気もするが、こうした言葉遊びを食に込めるのは、日本人ならではの感性だろう。おせち料理の「数の子=子孫繁栄」「昆布巻き=よろこぶ」と同じ発想だ。
考えてみると、日本人は人生の節目を「食」で刻んできた。お食い初めで赤ちゃんの食の始まりを祝い、七五三で千歳飴を持ち、入学祝いに赤飯を炊き、端午の節句に柏餅を食べる。子どもが大人になるまでの間に、何度も何度も、食で節目を刻む。この習慣は、世界的に見ても珍しいものだ。
欧米にも誕生日のケーキやイースターの卵はあるが、日本ほど多くの通過儀礼に食が組み込まれている文化は少ない。食で祝い、食で祈り、食で感謝する。それは、食卓というものが家族の距離を近づける場だと、日本人が本能的に知っていたからかもしれない。
しかし今、こうした食の行事はどれだけ受け継がれているだろうか。柏餅はコンビニで買い、なんとなく食べて終わり。ちまきを手作りする家庭は年々減っている。中身の由来を知る人も少なくなった。「行事食」はイベントの消費アイテムになり、そこに込められた祈りは薄れつつある。
それでも、行事食には不思議な力がある。理由を知らなくても、毎年柏餅を食べていれば、大人になったとき、その味が記憶に残る。子どもの頃に食べた柏餅の味は、おそらく一生忘れない。理屈ではなく、味覚が行事を伝承するのだ。
今年は、一つだけ問いかけてみてほしい
柏餅を半分に割って、子どもと一緒に食べる。あるいは、一人で静かに食べる。どちらでもいい。ただ、今年はいつもと少しだけ違う食べ方をしてみてほしい。
「なんで柏の葉っぱで包んであるか知ってる?」
この一言から始めてみるのはどうだろうか。子どもがいれば子どもに。パートナーがいればパートナーに。一人なら、自分自身に問いかけてみてほしい。柏の葉は、新しい芽が出るまで落ちない。それは「子どもが育つまで親は離れない」という願いなのだと。
もしちまきを食べるなら、屈原の物語を少しだけ話してみるのもいい。2300年以上前、遠い中国で、一人の詩人を弔うために民衆が川に米を投げ入れた。その祈りが海を渡り、時代を超えて、今あなたの手の中にある。そう考えるだけで、ちまきの甘さの奥に、少しだけ深い味わいが生まれるはずだ。
行事食の意味を知ることは、難しいことではない。ただ「なぜ?」と一度だけ立ち止まるだけでいい。その一瞬の好奇心が、ただの季節の和菓子を「物語のある一品」に変えてくれる。
5月5日、柏餅を食べるにしても、ちまきを食べるにしても、そこには何百年もの祈りが込められている。子どもの成長を願い、母に感謝し、家族が絶えないことを祈った先人たちの想いが、一枚の葉に包まれている。その想いごと、今年は味わってみてほしい。食を少しだけ楽しくするのは、意外と簡単だ。知ること、そして誰かに話すこと。それだけでいい。