ポテトチップスに「47種類の味」がある国は、世界で日本だけかもしれない

旅先の土産物屋で、見たことのないポテトチップスを見つけた経験はないだろうか。「牛タン味」「明太子味」「きりたんぽ味」「いかにんじん味」——パッケージには、その地域の名物がデザインされている。なんとなく買って、なんとなく食べて、「まあ、こんなもんか」と思う。でも、なぜか嬉しい。

カルビーの「♥JPN(ラブ ジャパン)」プロジェクト。2017年に始まったこの企画は、47都道府県すべてに「ご当地の味」を開発するという壮大な試みだ。各都道府県の自治体と協力し、地元の食文化に根ざした味を、ポテトチップスという一袋に詰め込んだ。

47種類。この数は世界のスナック菓子業界でも類を見ない。アメリカのLay'sは地域限定フレーバーを出すことがあるが、50州すべてに固有の味を用意したことはない。イギリスのWalkersも、せいぜい数種類の特別フレーバーだ。47都道府県すべてに「あなたの地元の味」を作る。この発想自体が、日本のポテトチップス文化の異常さを物語っている。

しかし、なぜポテトチップスなのか。なぜカルビーなのか。そして、なぜ「ご当地味」はこれほど日本人の心を掴むのか。一袋のポテチの裏側に、日本の食文化とマーケティングの深い話が隠れている。

そもそもカルビーは日本のポテトチップス市場の約7割を占める圧倒的な存在だ。1975年に「うすしお味」を100円で発売して以来、のりしお、コンソメパンチと定番を築き上げてきた。半世紀で日本人の「おやつ」を変えた会社が、次に仕掛けたのが「地元愛」だった。

ポテトチップスと郷土料理。一見すると結びつかないこの二つが、なぜこんなにも相性がいいのか。その答えを探りに行こう。

「うちの県の味、何味だった?」——ポテチが生む会話

ご当地ポテチの最大の魅力は、味そのものではないかもしれない。

「ねえ、うちの県って何味だったか知ってる?」——この会話が生まれること自体に価値がある。山形県は「芋煮味」。芋で芋を味付けるという冗談みたいな組み合わせだが、山形の人は笑いながらも「まあ、芋煮しかないよな」と誇らしげだ。大阪は「たこ焼き味」。驚きはないが、安定感がある。「うちの県、たこ焼き味でよかった」という安堵がある。

一方で、「なんでうちの県、その味なの?」という不満も生まれる。これがまた面白い。自分の県を「代表する味」として何が選ばれるのか。その選択に対して、地元の人は思いのほか真剣に反応する。「いや、うちの県はそれじゃないだろ」「もっと他にあるだろ」——ポテトチップス一袋が、地元のアイデンティティを揺さぶる。

お土産としての機能も大きい。旅先で「北海道・山わさび味」を買って帰る。会社で配る。「これ何味?」「山わさびだって」「へー、北海道って山わさびなんだ」。たった一袋のポテチが、コミュニケーションのきっかけになる。カルビーのマーケティング担当が「ポテトチップスはコミュニケーションツールになる」と語ったのは、まさにこのことだ。

コンビニで150円程度。お土産としては圧倒的に安い。箱入りの銘菓は2000円するが、ポテチなら気軽に何袋も買える。「ばらまき土産」としての機能を持ちながら、ちゃんと会話が生まれる。この絶妙なポジショニングが、ご当地ポテチの強みだ。

実はこの企画が生まれる前、カルビーは地域限定味を2000年代から展開していた。北海道限定の「じゃがバター味」、関西限定の「関西だししょうゆ」など。だが、47都道府県を一気にやるという決断は2017年が初めてだった。その背景には、キリンビール「一番搾り 47都道府県」の成功があった。ビールでできたなら、ポテチでもできる。地元愛は商品を動かす——その確信が、プロジェクトを動かした。

47都道府県すべてに「あなたの地元の味」を開発する。この発想自体が、日本のスナック文化の独自性を物語る
47都道府県すべてに「あなたの地元の味」を開発する。この発想自体が、日本のスナック文化の独自性を物語る

なぜ日本だけで「ご当地味」が成立するのか——四つの条件

47都道府県のご当地ポテチが成り立つ背景には、日本にしかない四つの条件がある。

第一に、「都道府県」という行政区分が持つアイデンティティの強さだ。日本人は「何県出身?」という質問に即答できる。そして、出身地に対して何らかの感情を持っている。アメリカ人も州に帰属意識はあるが、日本ほど「県=食文化のアイデンティティ」という結びつきは強くない。47都道府県それぞれに固有の郷土料理がある国は、世界的に見ても珍しい。

第二に、日本のコンビニ流通網の精密さ。47都道府県別の商品を、それぞれの地域だけで販売する。この物流を可能にするのは、日本のコンビニの配送システムだ。セブンイレブン、ファミリーマート、ローソン——全国約5万6000店のコンビニが、地域ごとに異なる商品を的確に並べる。この流通インフラなしに、ご当地ポテチは存在できない。

第三に、カルビーの原料調達力。ポテトチップスの主原料はじゃがいもだが、カルビーは国内契約農家から年間約30万トンのじゃがいもを調達している。北海道を中心に、全国にじゃがいも貯蔵施設を持ち、年間を通じて安定供給する体制がある。1984年には世界初の馬鈴薯輸送船「カルビーポテト丸」を就航させたほどだ。この原料基盤があるからこそ、47種類もの味を同時に開発・製造できる。

第四に、日本人のフレーバーへの好奇心。日本のスナック菓子市場は、新しい味を常に求める。カルビーだけでも常時30種類近いフレーバーを展開し、季節限定・地域限定・コンビニ限定が入れ替わり立ち替わり登場する。「同じ味を買い続ける」のではなく「新しい味を試してみる」——この消費行動が、ご当地味を支えている。アメリカのポテチ市場では、売上の大半を「オリジナル」「サワークリーム」「バーベキュー」の定番3味が占める。日本とは対照的だ。

この四つの条件が揃っている国は、世界を見渡しても日本だけだろう。ご当地ポテチは、日本の食文化・流通・マーケティングの「交差点」に生まれた奇跡的な商品なのだ。

ポテチが「地域の味」を守る装置になる可能性

ご当地ポテチには、単なるマーケティング施策を超えた可能性がある。

「♥JPN」プロジェクトでは、各都道府県の自治体と共同で味を開発した。地元で有名な食材や料理を選定し、フレーバーとして再現する。この過程で、地元の人ですら忘れかけていた郷土料理にスポットライトが当たることがある。

岡山県の「津山ホルモンうどん味」。津山市のB級グルメとして知る人ぞ知る存在だったホルモンうどんが、ポテチのパッケージに載ったことで全国的な知名度を得た。長崎県の「あごだし味」。あごだし(トビウオの出汁)は九州では定番だが、関東の人には馴染みが薄い。ポテチをきっかけに「あごだしって何?」という会話が生まれ、認知度が上がった。

これは偶然の効果ではない。カルビーのコンセプトは「地元の味を愛すれば、日本がもっと好きになる」。お菓子を通じて地域の食文化を全国に紹介し、その発展を支える——企業としての社会的な役割を、ポテチという最も身近な形で実践している。

さらに面白いのは、ご当地ポテチが「正解のない議論」を生むことだ。「うちの県を代表する味って本当にこれでいいの?」という問いは、その地域の食文化を見つめ直すきっかけになる。地元の高校生が「うちの県の味、次はこれにしてほしい」と考える。地元の食材を再発見する。ポテチ一袋が、地域の食文化リテラシーを高めている。

日本の地方には、全国的にはほとんど知られていない郷土料理が無数にある。高齢化とともに、作る人も食べる人も減っている。ポテチが、その味の「記録装置」として機能する可能性は、決して大げさな話ではない。

次に買うポテチを、少しだけ意識してみる

コンビニのスナック菓子コーナーに行くと、カルビーのポテトチップスだけでいくつもの味が並んでいる。うすしお、のりしお、コンソメパンチ——定番の安心感。でもその隣に、見慣れない味が並んでいることがある。

それが、自分の地元の味かもしれない。あるいは、出張先や旅先の味かもしれない。

旅先で見つけたら、一袋買ってみてほしい。150円だ。たこ焼き味でもいい。芋煮味でもいい。牛タン味でもいい。パッケージの裏に書いてある「この味の由来」を読んでみる。意外な発見がある。

1975年に100円で発売された「うすしお味」から半世紀。カルビーのポテトチップスは日本のスナック菓子の歴史そのものだ。日本市場シェア7割。年間30万トンのじゃがいもを使い、全国の工場で製造する。その巨大な仕組みが、「うちの県の味」という小さな幸せを届けるために動いている。

ポテトチップスは、ただのお菓子だ。でも、47都道府県の味が並んだ光景を見ると、日本の食文化の豊かさが一袋ずつ詰め込まれている気がする。

次にコンビニでポテチを買うとき、定番もいいけれど、棚の端にあるご当地味に手を伸ばしてみてほしい。その一袋の裏側に、知らなかった「地元の味」が眠っているかもしれない。

KOTOHAREの視点:カルビーの「♥JPN」プロジェクトは、47都道府県すべてに固有のポテトチップスの味を開発するという、世界に類を見ない試みだ。「うちの県は何味?」という問いが、地元の食文化を見つめ直すきっかけを生む。1975年の「うすしお味」から半世紀、日本のポテトチップス市場の7割を占めるカルビーが見せた「地元愛」の形。150円の一袋に、日本の食の豊かさが詰まっている。