「二九八家」と書いて、「ふくわうち」と読む
千葉県市川市、本八幡駅から少し離れた産業道路沿い。ラーメン屋にはちょっと不便な立地に、朝9時の開店と同時に行列ができる店がある。
「二九八家いわせ」。二九八と書いて「ふくわうち」と読む。福は内——店名からして縁起がいい。ガラス扉には七福神がラーメンを食べているイラストが描かれている。お客さまは福の神で、その福の神がラーメンを食べに来る家。店名に込められた願いは、シンプルだけど温かい。
この店が特異なのは、日本のラーメン史において交わるはずのなかった二つの系譜が、一杯の丼の中で合流していることだ。
一つは「ラーメンショップ」。1970年代から全国に広がった背脂豚骨醤油の大衆ラーメンチェーン。もう一つは「麺屋武蔵」。新宿で行列を作り続ける、東京ラーメンシーンの革命児。方向性も哲学もまったく異なるこの二つの店のDNAが、千葉の小さなカウンター14席の店で出会った。
ラーメン好きなら「そんなことがあり得るのか」と思うかもしれない。あり得た。この店の成り立ちを知ると、一杯のラーメンの背景にある「物語」の奥深さに、思わず唸る。
ラーメンショップは、いわゆる「ラーショ」の愛称で親しまれる大衆チェーンだ。トラックの運転手や近所の常連に愛され、全国に数百店を展開した。一方の麺屋武蔵は、1998年に新宿で創業し、つけ麺ブームの火付け役となった革新的な店。前者は大衆性、後者は革新性。その二つの要素が一つの丼に同居するとは、誰が想像しただろうか。
二九八家いわせの物語を知ると、一杯のラーメンが単なる「食事」ではなく、人の人生と歴史が溶け合った「作品」に見えてくる。
父の39年を継ぐために、息子は10年の修行に出た
物語は1978年(昭和53年)に始まる。
「ニューラーメンショップ いわせ」として創業したこの店は、背脂豚骨醤油のラーメンで地元に愛されてきた。ラーメンショップ特有の味付きネギ、こってりだけど重すぎないスープ。39年間、市川の人々の日常に寄り添い続けた。雨の日も風の日も、暑い夏の日も凍えるような冬の朝も、変わらずに暖簾を掲げ続けた39年間だ。
先代の息子——現在の店主は、いわせで働いていた。父が作り上げたラーメンの味を知り尽くしている。だが、自分の代になったときに自分の味で勝負したいと考えた。父の店以外の世界を知る必要がある。自分だけの一杯を作るためには、違う流派を学ばなければならない。そう決意した店主が門を叩いたのが、新宿の超名店「創始 麺屋武蔵」だった。
当初はもっと短い修業のつもりだった。だが、武蔵の仕事に熱中した。スープの取り方、麺の扱い方、チャーシューの仕込み、接客の哲学——学ぶことは尽きなかった。気づけば10年。本店の番頭(店長格)まで勤め上げた。10年という歳月は、単なる「修業」ではない。もはや武蔵の味が身体に染み込んだということだ。
そして2016年12月30日、先代の「ニューラーメンショップ いわせ」が39年の歴史に幕を下ろす。2017年3月22日、同じ場所、同じ建物で「二九八家いわせ」が産声を上げた。父から息子へ。39年の歴史が終わり、新しい歴史が始まった瞬間だった。
ラーメンショップの背脂豚骨醤油と、麺屋武蔵の丁寧な仕事。角煮のようなホロホロのチャーシューは武蔵譲り。背脂が浮かぶスープはラーショの記憶。辛ネギはラーショ時代の味をオリジナルで再現したもの。カネジン食品に特注した中太平打ち麺は、ツルモチの食感で小麦の風味が豊かだ。
日本で唯一、麺屋武蔵とラーメンショップのDNAが交わる店。それが二九八家いわせだ。どちらか一方だけなら他にもある。だが、両方のDNAを持つ店は、この世界にここだけしか存在しない。
ダンプカーが突っ込んだ日——それでも店は蘇った
順風満帆に見えた二九八家いわせに、2022年3月、悲劇が襲った。
暴走したダンプカーが歩道に突っ込み、店舗が半壊したのだ。運転手は死亡。幸い、その日は定休日で店には誰もおらず、怪我人は出なかった。だが、店舗は営業できる状態ではなかった。創業5周年を迎えた直後のことだった。開店からわずか5年で築き上げた評判、軌道に乗り始めた経営、増え続ける常連客——すべてが一瞬で止まった。
当時の写真を見ると、「これで復活できるのか」と思えるほどの損壊だった。壁は崩れ、設備は破壊され、店としての原形をとどめていなかった。しかし店主は諦めなかった。復旧工事を経て営業を再開。地元のファンが待ち望んだ復活だった。再開の日には、開店前から長蛇の列ができたという。
この事件は、二九八家いわせが地域にとってどれほど大切な存在かを浮き彫りにした。朝9時の開店前から並ぶ常連客、平日の昼でも8割が埋まる店内、通し営業で20時まで途切れない客足。駅から徒歩20分という立地にもかかわらず、行列が絶えない。老若男女、女性の一人客も多い。カウンター14席のこの小さな店は、市川の食文化の一部になっている。
復活後の二九八家いわせは、以前にも増して充実したメニューを展開している。看板のら〜麺、味噌ら〜麺、つけ麺、魚介豚骨つけ麺、辛つけ麺、辛ら〜麺、辛味噌ら〜麺。麺は並盛・中盛・大盛が同料金という太っ腹ぶり。つけ麺に至っては1kgまで同料金だ。食べ盛りの学生も、大食いの若者も、財布を気にせず腹いっぱい食べられる。
スープは丁寧にアクと余分な脂を取り、雑味のない背脂豚骨醤油。一見こってりに見えるが、重たさがない。朝から人気なのも納得の、身体に優しい一杯だ。背脂の旨味とうま味の奥深さについては、味の素の記事も参考になる。丁寧に下処理された豚骨から引き出されるクリアなスープに、背脂の甘みが加わる。見た目のインパクトとは裏腹に、最後の一滴まで飲み干せる軽さがある。
ダンプカーの事故は、多くの店なら閉業を選んでもおかしくない出来事だった。だが店主は、父から受け継いだこの場所を、武蔵で学んだ技術を、地域の人々との絆を、手放さなかった。その覚悟が、復活後の二九八家いわせの一杯に、さらなる深みを与えている。
「二九八家醤」という小さな発明
二九八家いわせには、卓上に置かれた「二九八家醤(ふくわうちじゃん)」というオリジナル調味料がある。
胡麻と山椒が効いたピリ辛の味噌ダレで、途中から投入すると味が一変する。爽やかな辛味でスープが引き締まり、深みとキレが加わる。これがまた、どのメニューにも合う。醤油ラーメンに入れればシャープな味変、味噌ラーメンに入れれば相乗効果で旨味が爆発する。
この小さな発明に、店主のセンスが凝縮されている。ラーメンショップには「ラーショのタレ」がある。麺屋武蔵には洗練された味の設計がある。二九八家醤は、その両方の要素を持ちながら、どちらでもない独自の味だ。父の店の記憶と、武蔵での修行の経験が、一つの調味料に結晶している。
食べ方の自由度も魅力だ。まずはそのままスープと麺を味わう。途中でニンニクを入れてもいい。二九八家醤で味変してもいい。角煮をご飯にのせて即席角煮丼にするのもいい。一杯のラーメンの中に、何通りもの楽しみ方がある。どの食べ方を選んでも、それが「正解」だ。自分だけの一杯を見つける楽しさが、この店にはある。
テイクアウトメニューもある。生麺とスープ、具材がセットになっていて、自宅でも二九八家の味を再現できる。2人前単位での販売で、家族で楽しめる。店に行けない日でも、あの味が恋しくなったら持ち帰りができる。これもまた、「お客さまは福の神」という精神の表れだろう。
「ラーメンショップ」と「麺屋武蔵」という二つの看板を背負いながら、そのどちらでもない「自分の味」を作り上げた店主。39年の歴史を受け継ぎながら、10年の修業で磨いた技術で進化させる。二九八家いわせの一杯は、「継承」と「革新」が同居する稀有なラーメンだ。
卓上の二九八家醤は、そんな店主の姿勢を象徴している。伝統をそのまま守るのではなく、新しい要素を加えて進化させる。だが根っこにあるのは、「おいしいラーメンでお客さまを笑顔にしたい」というシンプルな願い。それは先代から変わらない、この店の原点だ。
福の神が来る家
「二九八家」——福は内。
この店名に、店主のすべてが詰まっている。お客さまは福の神。福の神がラーメンを食べに来る家を作りたい。そしてお客さまが、おいしいラーメンを食べて幸福な気持ちで帰ってほしい。そのシンプルな願いが、毎朝9時にシャッターを開ける原動力になっている。
ラーメン一杯に「物語」があるとしたら、二九八家いわせほどドラマチックな店は少ない。先代が39年かけて愛された店。息子が10年かけて磨いた腕。ダンプカーの事故を乗り越えた復活。そのすべてが、カウンター14席の小さな店に凝縮されている。一杯のラーメンの向こうに、半世紀近い時間の流れが見える。
本八幡駅から歩くと20分。車なら店の向かいに駐車場がある。朝9時から開いているから、朝ラーもできる。平日でも行列することがあるから、少し時間に余裕を持って行くといい。定休日はないが、臨時休業はX(Twitter)で告知されるので、遠方から訪れるなら事前にチェックしておくと安心だ。
注文は券売機で。初めてなら「二九八家ら〜麺」がおすすめだ。全トッピング入りのオールスター。背脂が浮かぶスープ、ツルモチの中太麺、ホロホロの角煮、味玉、辛ネギ。一口すすれば、ラーメンショップの懐かしさと麺屋武蔵の洗練が、同時に舌の上で踊る。こってりなのに軽い。懐かしいのに新しい。その矛盾が、この店だけの味だ。
途中で二九八家醤を入れてみてほしい。味が変わる瞬間に、きっと笑みがこぼれる。胡麻と山椒の香りがスープに溶け込み、さっきまでとは別の一杯になる。一度で二度おいしい。それが二九八家いわせの楽しみ方だ。
福の神が来る家。その名の通り、食べた人を幸せにする一杯が、ここにある。
1978年創業「ニューラーメンショップいわせ」の39年の歴史。その息子が新宿「創始 麺屋武蔵」で積んだ10年の修行。日本のラーメン史で交わるはずのなかった二つの系譜が、千葉県市川市の小さなカウンター14席で合流した。
店舗情報
- 店名
- 二九八家いわせ(ふくわうち いわせ)
- 住所
- 千葉県市川市大和田3-23-11
- TEL
- 047-376-2981
- 営業時間
- 9:00〜20:00(LO 20:00)
- 定休日
- なし(臨時休業はX(Twitter)にて告知)
- 席数
- カウンター14席
- 駐車場
- 7台
- アクセス
- JR総武線・都営新宿線 本八幡駅南口から徒歩約15〜20分/京成八幡駅から徒歩約20分
- 支払い
- 現金のみ
- 麺量
- 並盛・中盛・大盛 同料金(つけ麺は1kgまで同料金)
- テイクアウト
- あり
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