侍ジャパンが2大会連続で決起集会に選んだ焼肉店がある

2026年3月1日の夜、大阪市天王寺区の焼肉店に、日本中が注目する男たちが集まっていた。大谷翔平、吉田正尚、菅野智之——WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)第6回大会に臨む侍ジャパンの選手たち。その決起集会の会場に選ばれたのが「明月館 上本町本店」だった。

翌朝、大谷翔平がインスタグラムに集合写真を投稿した。「明日からまたみんなで頑張りましょう」。選手たちのリラックスした笑顔が並ぶその一枚は、瞬く間にファンの間で拡散された。吉田正尚のストーリーズには「菅野さんゴチです」の一言。30人超の食事代をチーム最年長の菅野が持ったらしい。

驚くべきは、これが「2回目」だったことだ。2023年の第5回WBC——あの大会で侍ジャパンは優勝した。その決起集会も、同じ明月館 上本町本店で行われている。世界一への道は、鶴橋の焼肉から始まっていた。

SNSではすぐに「聖地巡礼」が始まった。翌日からランチ時には行列ができ、サンケイスポーツは「"WBC効果"で来店客増加中」と報じた。「大谷が食べた焼肉」。それだけで人が集まる時代だ。

でも、この記事で本当に伝えたいのは、そこではない。

明月館の本当の価値は、「日本代表が来たから」じゃない。1969年創業、半世紀以上にわたって和牛一筋で勝負し続けてきたこの店には、有名人の来店よりもずっと深い物語がある。

「鶴橋の焼肉なんてどこも同じでしょ?」——その思い込みの正体

大阪・鶴橋。駅を降りた瞬間から、焼肉の煙と香ばしい匂いに包まれる。このエリアには焼肉店が密集し、食べログのまとめ記事では「激戦区」という言葉が必ず使われる。鶴橋駅周辺の商店街には約800の店舗がひしめき、その中に焼肉店が何十軒も並んでいる。

観光客にとって、鶴橋の焼肉は「どこに入っても美味しい」という印象かもしれない。実際、ハズレは少ない。煙が立ちのぼるどの店に入っても、それなりに満足できる。だからこそ、「まあ、どこも同じでしょ」という感覚にもなりやすい。

地元の人に聞くと、答えは少し違う。「鶴橋の焼肉は確かにどこも美味しい。でも、"ここぞ"という日に使う店は決まっている」。接待、家族の記念日、大切な人との食事——そういう場面で名前が挙がる店は、激戦区の中でも限られている。

半世紀以上前から変わらず、同じ場所で焼肉を出し続けている店。それがどれほど難しいことか、考えたことがあるだろうか。飲食店の廃業率は開業から3年で約7割、10年で約9割と言われる。鶴橋のような激戦区であればなおさらだ。競合がひしめく中で55年以上。それは「美味しい」だけでは説明できない何かがある。

侍ジャパンが2度選んだのは、偶然ではない。この店には、日本代表が大勝負の前夜に身を委ねたくなる「何か」がある。その正体を、少し掘り下げてみたい。

1969年創業。鶴橋の焼肉激戦区を生き抜いた理由

明月館の創業は1969年。大阪万博の前年に、この店は産声を上げた。以来、和牛にこだわり続けてきた。公式サイトには「和牛一筋」の文字が誇らしげに掲げられている。

鶴橋という土地の歴史を少し振り返りたい。戦後、朝鮮半島にルーツを持つ人々がこのエリアに根を下ろし、故郷の食文化を持ち込んだ。ホルモンを七輪で焼くスタイルが闇市から広がり、やがて「鶴橋=焼肉」という文化が形成されていった。その流れの中で、明月館は「和牛」という軸を一貫して守り続けた。

現在、明月館グループは大阪府内に7店舗を展開している。上本町本店、京橋店、枚方店をはじめ、「がんてつ」「ミョンウォル」など業態の異なる店舗も持つ。しかし、すべての原点はこの上本町本店にある。124席——テーブル40席、座敷84席という大箱は、1969年の創業当時から「家族や仲間と囲む焼肉」を大切にしてきた証だろう。

そしてこの店には、もうひとつの顔がある。ラグビー元日本代表・金正奎(きん しょうけい)の実家だ。常翔啓光学園で花園優勝、早稲田大学で副将、NTTコミュニケーションズ(現・浦安D-Rocks)では主将を務め、日本代表にも選出された。スーパーラグビーのサンウルブズにも招集された本格派だ。

金正奎は侍ジャパンの来店時、自身のXで「2023年に引き続きご来店。本当に応援しています!」と投稿した。ラグビー日本代表の実家に、野球日本代表が集まる。ジャンルは違えど、「日本を背負う者たち」がこの店に惹かれる理由は、きっと肉の味だけではない。家族で築き上げてきた「場」の力のようなものが、そこにはあるのかもしれない。

メニューを見ると、ランチは1,000円台から楽しめる。鶴橋の焼肉激戦区で半世紀以上。高級路線に振り切るのではなく、日常使いできるリーズナブルさも保ち続けている。座敷84席、個室あり。家族連れでも、接待でも、一人でふらりと立ち寄っても受け入れてくれる懐の深さ。この「間口の広さ」こそが、明月館が長く愛されてきた理由の核心かもしれない。

1969年創業、和牛一筋。鶴橋の焼肉激戦区で55年以上——明月館が生き残ってきた理由は、味だけではない。「誰でも来られる店」であり続けたこと。その哲学が、日本代表をも引き寄せた。
明月館 上本町本店の焼肉
和牛一筋半世紀超。明月館 上本町本店の焼肉は、ランチなら1,000円台から楽しめる

「聖地巡礼」の先にあるもの——鶴橋焼肉文化の新しい入口

WBC効果で明月館に押し寄せた「聖地巡礼客」たち。彼らの多くは、大谷翔平と同じ空間で焼肉を食べたいという動機でやってきたはずだ。でも、実際に足を運んだ人たちのSNS投稿を見ると、面白いことが起きている。

「大谷目当てで来たけど、普通に肉がめちゃくちゃ美味かった」「鶴橋の焼肉ってこんなにレベル高いの?」「ランチ2,000円でこのクオリティはすごい」——入口は「大谷翔平」でも、出口は「焼肉そのもの」への感動になっている。

これは、明月館にとっても、鶴橋の焼肉文化にとっても、素晴らしいことだ。大阪に来ても鶴橋まで足を延ばさない観光客は多い。道頓堀や新世界で串カツを食べて帰る人がほとんどだろう。でも、「侍ジャパンが決起集会をやった焼肉店」という物語が、鶴橋という街への新しい入口を開いた。

仙台の焼肉百名店「仔虎」が東北のブランド和牛を一頭買いで提供しているように、明月館もまた、その土地の焼肉文化を体現する存在だ。土地に根ざした焼肉店には、チェーン店にはない「文脈」がある。鶴橋という街の歴史、在日コリアンの食文化、和牛へのこだわり——そうした文脈のすべてが、一枚の肉に乗っている。

明月館のメニューには、焼肉だけでなく、冷麺やてっちゃん鍋、ちりとり鍋もある。韓国の伝統的な料理と、日本の和牛文化が交差する場所。それが鶴橋であり、それを半世紀以上体現してきたのが明月館なのだ。

焼肉と日本酒の組み合わせを楽しむ人も増えている昨今、和牛の旨味を引き立てる一杯を傾けながらの食事もまた、明月館の座敷が似合う。

大谷翔平が来たから、ではなく。この店の55年を、食べに行く

正直に言って、「侍ジャパンが来た店」という看板は強烈だ。それだけで行列ができる。でも、行列は一過性のもので終わることも多い。WBCが終われば、話題は次のニュースに移る。

明月館が本当にすごいのは、その「一過性」を55年以上にわたって超え続けてきたことだ。流行に左右されず、和牛一筋で、鶴橋の激戦区で生き残ってきた。それは、肉の品質と、居心地のよさと、リーズナブルな価格設定と、124席の大箱で家族も仲間も受け入れる懐の深さの総合力によるものだろう。

大阪に行く予定がある人は、道頓堀の前に鶴橋に寄ってみてほしい。千日前線鶴橋駅から徒歩4分。ランチなら1,000円台からだ。侍ジャパンが座った座敷で、同じ和牛を焼く。それだけで、少しだけ特別な食事になる。

でも、食べ終わったとき、きっとこう思うはずだ。「大谷翔平が来たから、じゃなかった。この肉が、純粋に美味い」。そう思わせる力を持つ店だからこそ、日本代表は2度ここを選んだのだろう。

1969年から、変わらない場所で、変わらない信念で。明月館の焼肉は、鶴橋で、あなたを待っている。

KOTOHAREの視点:侍ジャパンがWBC決起集会に2大会連続で選んだ焼肉店・明月館 上本町本店。しかしこの店の本当の価値は「日本代表が来たから」ではない。1969年創業、和牛一筋55年超。鶴橋の焼肉激戦区でランチ1,000円台から楽しめるリーズナブルさを保ちながら、半世紀以上にわたって愛され続ける理由は、肉の品質と「誰でも来られる懐の深さ」にある。ラグビー元日本代表・金正奎の実家でもあるこの店は、ジャンルを超えて「日本を背負う者たち」が集まる場所になった。

店舗情報

店名
明月館 上本町本店(めいげつかん)
住所
大阪府大阪市天王寺区小橋町12-2-101
TEL
06-6763-2929
営業時間
月・水〜日 11:00〜22:00(L.O. 21:30)
定休日
火曜日
アクセス
大阪市営千日前線 鶴橋駅1番出口より徒歩4分
席数
124席(テーブル40席、座敷84席)個室あり
予算
ランチ 1,000〜2,000円 / ディナー 5,000〜10,000円