鍋の季節になると、スーパーの調味料コーナーに「ポン酢」がずらりと並ぶ。ゆずポン酢、すだちポン酢、かぼすポン酢、だしポン酢、ごまポン酢。メーカー違いも合わせると、20種類以上が棚を占拠していることも珍しくない。
あなたは、この光景を「普通」だと思っていないだろうか。
あの棚、よく考えたら異常じゃないですか
海外のスーパーに行ったことがある人なら分かるかもしれない。醤油は1〜2種類。酢もせいぜい数種類。そもそも「ポン酢」に相当する調味料が存在しない国のほうが多い。
なのに日本では、ポン酢だけで棚一段を使い切る。しかも、それぞれに微妙な味の違いがあって、それぞれにファンがいる。これ、ちょっと冷静になると、かなり不思議な光景だ。
「どれでも同じ」って思ってしまう自分がいる
正直に言おう。ポン酢の棚の前で「違いがよくわからない」と感じたこと、ないだろうか。
値段もそこまで大きく変わらない。パッケージも似ている。結局いつもの味ぽんに手が伸びる。——その気持ち、すごくよくわかる。
でも、「どれでも同じ」と感じてしまうのは、私たちが悪いんじゃない。そう感じさせてしまう棚の作り方、伝え方の問題なのだ。なぜなら、あの棚に並んでいるポン酢の一つひとつには、とんでもない物語がある。
ポン酢の棚は「日本の地図」だった
考えてみてほしい。ゆずポン酢は高知や徳島の生産者がいるから存在する。すだちポン酢は徳島。かぼすポン酢は大分。じゃばらポン酢は和歌山の北山村。へべすポン酢は宮崎の日向市。
つまり、ポン酢の棚をよく見ると、そこに日本各地の柑橘農家の顔が浮かんでくる。それぞれの土地に、それぞれの柑橘があり、それぞれの気候と土壌と人の手が、あの小さな果実を育てている。
「ポン酢が20種類ある国」というのは、裏を返せば「20以上の地域が、自分たちの柑橘に誇りを持っている国」ということだ。これって、ちょっとすごくないだろうか。
「選べない」のは、知らないだけ
棚の前で迷うことは、恥ずかしいことじゃない。むしろ、あの棚の前で立ち止まれることが、もうすでに豊かなのだと思う。
もし次に鍋をするなら、いつもと違うポン酢を一本だけ試してみてほしい。それは、あなたがまだ知らない土地の、まだ知らない誰かの仕事に触れることでもある。