醤油のボトルを手に取るとき、裏の原材料表示をじっくり読む人はどれくらいいるだろう。大豆、小麦、食塩。おなじみの3つが並んでいる。でも、その醤油が「どうやって」造られたのかまで想像する人は、ほとんどいないはずだ。
日本の醤油生産量は年間約70万キロリットル。そのうち、昔ながらの木桶で仕込まれている醤油は、全体の1%にも満たない。つまり、あなたが普段使っている醤油は、ほぼ確実にステンレスタンクで造られたものだ。
木桶仕込みの醤油蔵は、全国にもう数十軒しか残っていない。そして、その木桶を造れる職人は日本にひとりしかいなかった時期すらある。消えかけている「一滴」の物語を、少しだけ聞いてほしい。
この記事を読み終わるころには、食卓に置いてある醤油さしの中身が、今までとは少し違って見えるかもしれない。
「全部同じ味」だと思っていませんか
スーパーの棚には、何種類もの醤油が並んでいる。でも、正直に言えば、多くの人にとって醤油は「どれも似たようなもの」ではないだろうか。キッコーマンかヤマサか、あるいは特売品か。選ぶ基準は味よりも価格、というのが現実だ。
その感覚は、ある意味では正しい。なぜなら、大手メーカーの醤油は徹底した品質管理のもと、均一な味を実現しているからだ。いつ買っても同じ味。それは素晴らしい技術であると同時に、「醤油の味は一種類」という思い込みを生んでいる。
実は、日本の醤油にはJAS規格で5つの種類がある。濃口、淡口(うすくち)、たまり、再仕込み、白。濃口が全国シェアの約80%を占めるが、残りの20%には、地域ごとの歴史と風土が凝縮されている。関西の料理人が淡口にこだわる理由、東海地方でたまり醤油が愛される理由、山口県の再仕込み醤油が「刺身醤油の王様」と呼ばれる理由——それぞれに、その土地でなければ生まれなかった味がある。
そして、同じ「濃口醤油」であっても、造り方によって味はまるで違う。天然醸造と速醸。この二つの違いを知ったとき、醤油の世界が一気に広がるはずだ。
ポン酢の棚に20種類が並ぶこの国で、醤油の多様性に気づいている人は、まだそれほど多くないのかもしれない。
天然醸造は「1年」、速醸は「数ヶ月」
天然醸造の醤油は、大豆と小麦に麹菌をつけた「醤油麹」を食塩水と合わせ、「諸味(もろみ)」として木桶に仕込む。あとは、四季の温度変化に任せてゆっくりと発酵・熟成させていく。最低でも1年。蔵によっては2年、3年と寝かせるところもある。
一方、速醸(そくじょう)と呼ばれる製法では、ステンレスタンクの中で温度を人工的にコントロールし、発酵を加速させる。早ければ3〜6ヶ月で完成する。効率は圧倒的に速醸が上だ。同じ設備で何倍もの量を、何分の一かの時間で造ることができる。
だからといって、速醸が「悪い」わけではない。安定した品質の醤油を、安価に、大量に届けられるのは、速醸技術があるからこそだ。日本中の食卓に醤油がある風景は、この技術なしには成り立たない。
ただ、天然醸造でしか生まれない味があるのも事実だ。木桶の木肌には、百年以上にわたって棲みついた微生物がいる。蔵の空気中にも、その蔵にしかいない菌が漂っている。彼らが時間をかけて醤油を育てることで、複雑な香りと丸みのある味わいが生まれる。それは、ステンレスタンクでは再現できない。
「どちらが良い・悪い」ではなく、「違うもの」なのだ。ただ、その「違うもの」のほうが、いま静かに消えかけている。
木桶が消えた三つの理由
かつて、醤油蔵には当たり前のように木桶があった。江戸時代から続く蔵には、百年を超える木桶が現役で使われていた。それが、戦後の高度経済成長期を境に急速に姿を消していく。
理由のひとつは、コストだ。木桶は杉やヒノキの板を竹の箍(たが)で締めて作る。一本あたりの価格は数百万円にのぼり、定期的な修繕も必要になる。ステンレスタンクのほうが、初期費用こそかかっても、長期的には圧倒的に経済的だ。
ふたつ目は、衛生基準の変化。食品衛生法の厳格化に伴い、「木は微生物が棲みつくから不衛生」とみなされるようになった。木桶の中の微生物こそが天然醸造の核心なのだが、衛生管理の観点からは、むしろリスクとして扱われたのだ。皮肉な話だが、醤油を美味しくしている微生物が、醤油蔵から木桶を追い出す一因になった。
そして三つ目、最も深刻なのが後継者不足だ。木桶を造る「桶師」は全国でも数えるほどしかいない。大阪・堺市にあった桶屋が2010年代に廃業の危機を迎えたとき、日本から大型の木桶を新しく造れる職人がいなくなるかもしれないという事態に直面した。
醤油蔵が減り、木桶の需要がなくなれば、桶師もいなくなる。桶師がいなくなれば、木桶を使い続けたくても新調できない。この負のスパイラルが、天然醸造の醤油をさらに追い詰めていった。
小豆島から始まった「木桶職人復活プロジェクト」
この流れに正面から立ち向かった人物がいる。香川県・小豆島にあるヤマロク醤油の五代目、山本康夫氏だ。
ヤマロク醤油は、150年以上にわたって木桶仕込みを続けている蔵だ。しかし山本氏は、自分たちの木桶がいずれ使えなくなったとき、新しい桶を誰が造るのか、という切実な問題に直面していた。
2012年、山本氏は「木桶職人復活プロジェクト」を立ち上げた。大阪・堺の桶屋に弟子入りして技術を学び、小豆島で自ら木桶を造り始めたのだ。醤油屋が桶屋になる。前代未聞の試みだった。
このプロジェクトには、全国の醤油蔵や味噌蔵が賛同した。毎年1月、小豆島に全国から蔵元や職人が集まり、新しい木桶を共同で造る「木桶仕込みフォーラム」が開催されている。業種の垣根を越え、味噌、醤油、酢、酒——発酵の世界に携わる人々が、木桶という文化を未来につなごうとしている。
味噌を自分で作る人が増えているのと同じように、醤油の世界でも「本物」を求める動きが静かに広がっている。手間をかけたものの価値を、消費者が再び見つめ直す時代が来ているのかもしれない。
木桶がなくなれば、日本の発酵文化は根っこから枯れてしまう。だから、自分たちで桶を造ることにした——ヤマロク醤油・山本康夫氏の言葉として伝えられるエピソード
山本氏の取り組みは国内外で注目を集め、木桶仕込みの醤油を求める消費者も少しずつ増えている。ただ、全体の1%以下という数字が劇的に変わったわけではない。まだまだ、知られていないのが現実だ。
800円から始められる「応援」がある
木桶仕込みの醤油は、特別な高級品ではない。もちろんスーパーの特売品と比べれば高いけれど、150mlで800円程度から手に入る。一滴一滴を大切に使えば、一本で数ヶ月はもつ。一日あたりにすれば、数円の差だ。
刺身に一滴垂らしただけで、その違いはわかる。角のとれたまろやかさ、鼻に抜ける複雑な香り。「醤油って、こんなに美味しかったのか」と驚く人は多いという。卵かけごはんに使えば、卵の甘みと醤油の旨味が引き立て合って、それだけで贅沢な一膳になる。
全国各地の蔵元がお取り寄せに対応している。小豆島のヤマロク醤油、和歌山の湯浅醤油、千葉のヒゲタ醤油——それぞれの蔵に、それぞれの味がある。気になる蔵の醤油を取り寄せて、いつもの料理にかけてみる。それだけで、食卓がちょっとだけ豊かになる。
知ること。買うこと。使うこと。それが、消えかけている食文化への最も身近な応援だと思う。大きな声で叫ばなくてもいい。食卓の上の醤油さしを、一本だけ変えてみる。そんな小さな行動が、どこかの醤油蔵の木桶を一日でも長く守ることにつながるかもしれない。
日本人にとって醤油は空気のような存在だ。あまりにも身近すぎて、そこに込められた歴史や技術に思いを馳せることはほとんどない。でも、その一滴の裏には、百年の木桶と、四季の温度変化と、蔵に棲みつく無数の微生物と、造り手たちの意地がある。
日本の醤油蔵のうち、木桶仕込みを続けるのは全体の1%にも満たない。天然醸造の一滴には、1年以上の時間と、百年を超える木桶に棲む微生物の営みが詰まっている。小豆島から始まった「木桶職人復活プロジェクト」が希望をつないでいるが、知る人はまだ少ない。800円から始められるお取り寄せは、消えゆく食文化への最も身近な応援だ。
次にスーパーで醤油を手に取るとき、ラベルの端に「天然醸造」や「木桶仕込み」の文字がないか、ちょっとだけ探してみてほしい。もし見つかったら、その一本を選ぶだけでいい。それは小さな一歩だけれど、日本の食の宝を守る確かな一歩だ。