午前4時17分、リビングの照明をつけた

目覚ましが鳴る前に目が覚めた。6月15日、日曜日。まだ外は暗い。スマホを確認すると4時17分。キックオフまであと43分。寝室のドアをそっと閉め、リビングに降りて、テレビの電源を入れた。画面にはアメリカ・ソフィスタジアムの芝が映っている。あの鮮やかな緑が、薄暗い部屋をぼんやりと照らした。

冷蔵庫を開ける。昨晩のうちにセブン-イレブンで買っておいたおにぎり2個と、缶ビール。棚にはカップヌードル。炊飯器の中には、昨夜の残りの白米が少し。これが今日の観戦飯だ。

朝5時。日本対オランダ。2026 FIFAワールドカップ、グループステージ第2戦。アメリカ・メキシコ・カナダ共催のこの大会は、時差がおよそ14時間ある。日本時間だと、日本戦のキックオフはだいたい早朝か深夜。今日は早朝5時。つまり、夜更かしするか、早起きするか。どちらにしても「普通の食事」が成立しない時間帯に、テレビの前で何かを口にすることになる。

W杯の観戦飯。夜食と呼ぶには早すぎる。朝食と呼ぶには暗すぎる。名前のない食事。それがやけに、うまい。

⚽ 編集部のひとりは前日に日高屋で餃子とビールを買って帰宅。午前3時半に目覚ましをかけたそうです。正気じゃない。

あなたの「観戦飯」は、何時に始まる?

ワールドカップのたびに、日本中の食卓が狂う。いや、正確には食卓ではない。リビングのローテーブルだったり、ベッドの上だったり、深夜のキッチンカウンターだったりする。日本代表の試合がある日、サッカーファンは時差に合わせて生活を組み替える。2002年の日韓大会は時差がなかったから楽だったが、2022年カタール大会は深夜キックオフ。そして2026年の北中米大会は早朝。いずれにせよ「まともな時間」には観られない。

「サッカー観戦の日は何食べる?」と聞かれたら、たいていの人が少し困る。だって、カテゴリがないのだ。午前4時半に起きて食べるごはんは朝ごはんなのか。試合前に食べるのか、ハーフタイムに食べるのか、興奮しすぎて試合が終わってから食べるのか。全部ありえる。そしてそのどれもが、ちょっとだけ特別な味がする。

きっと多くの人は、こう思ったことがあるはずだ。「こんな時間に何食べればいいんだ」。答えは簡単だ。何でもいい。何でもいいけど、何かは絶対に食べたくなる。テレビの前に座って、キックオフを待つあの時間。手元に何もないと、妙に落ち着かない。

実はこの感覚、自分だけのものじゃない。コンビニ各社のPOSデータを分析すると、W杯の日本戦前日深夜から当日早朝にかけて、スナック菓子、カップ麺、おにぎり、ビール類の売上が通常比で約1.5倍から2倍に跳ね上がるという。ファミリーマートは2022年カタール大会時に深夜帯のホットスナック売上が前年同期比で30%以上伸びたと発表している。日本中が同じ時間に、同じように冷蔵庫を開けている。

夜食でも朝食でもない。第3の食事。観戦飯とは、時差が生み出した日本独自の食文化なのだ。

カップ麺が、カウントダウンになる夜

観戦飯の王様は何か。俺は迷わずカップ麺だと答える。

理由は明快だ。お湯を注いで3分。この「3分待つ」という行為が、キックオフまでの時間を刻むカウントダウンになるからだ。午前4時55分にお湯を注ぐ。フタを押さえながらテレビに目をやると、選手たちがピッチに整列し始めている。国歌斉唱が終わる頃に、ちょうど3分が経つ。フタを開ける。湯気が立ち上る。箸を割る。キックオフのホイッスルが鳴る。最高の瞬間だ。

ワールドカップ観戦飯。テレビの前のカップ麺やおにぎり
夜食でも朝食でもない、第3の食事。テレビの前のカップ麺が、キックオフのカウントダウンになる

日清食品の「カップヌードル」は、実はFIFAワールドカップのオフィシャルパートナーだったことがある。カップ麺とサッカーの親和性は、企業レベルでも認知されていたわけだ。あの小さなカップの中に、深夜の興奮と期待がすべて詰まっている。しょうゆ味の湯気を吸い込みながら、日本代表のスタメンを確認する。この瞬間のためだけに、3分前に起きる価値がある。

カップ麺の次に来るのは、おにぎりだろう。コンビニのおにぎりは、観戦飯として完璧な食べ物だ。片手で食べられる。目はテレビから離さなくていい。しかもセブン-イレブンの「手巻おにぎり 具たっぷり ツナマヨネーズ」は冷たいままでも美味い。120円。試合中にゴールが決まって思わず立ち上がっても、おにぎりなら落とさない。落としても被害が少ない。これは地味に重要なポイントだ。

そしてビール。「とりあえずビール」が日本だけの異常な文化である件でも書いたが、日本人はあらゆる場面でビールを飲む。朝5時のサッカー観戦も例外ではない。いや、むしろこの時間のビールは格別だ。アサヒスーパードライのプルタブを引く音が、テレビの実況と混ざる。冷たい液体が喉を通る瞬間、「ああ、W杯だな」と実感する。朝5時のビール。背徳感。最高。

ちなみに2022年カタール大会のとき、アサヒビールとキリンビールの缶ビール販売は大会期間中の日本戦がある日に有意に伸びたという。午前中のビール消費が増えるのは、W杯の年だけに見られる珍しい現象だ。

2002年の残像と、2026年の冷蔵庫

観戦飯には、世代ごとの記憶が染みついている。

2002年日韓大会。日本中がサッカーに熱狂した、あの6月。渋谷のスクランブル交差点にはDJポリスならぬ機動隊が出動し、街中のテレビの前に人だかりができた。あのとき自宅で観ていた人たちは、たぶん昼間の試合だから普通にごはんを食べていただろう。でも「日本代表を応援しながら食べた」という体験自体が、食事に別の味をつけた。稲本潤一のゴールで叫んだとき、口に入っていたのが母親の作った焼きそばだった——みたいな記憶が、誰にでもひとつはあるはずだ。

2010年南アフリカ大会は深夜帯だった。本田圭佑のフリーキックがカメルーンのゴールネットを揺らしたとき、日本中のリビングで「うおっ」という声が上がり、そのあとに「しっ、近所迷惑」という声が重なった。あのとき手元にあったのは、柿の種だったかポテトチップスだったか。カシャカシャと袋の音を立てないように気をつけながら食べた。深夜の観戦飯は、音との戦いでもある。

2022年カタール大会。ドイツ戦の逆転勝利は日本時間の深夜だった。堂安律のシュートが決まった瞬間、俺はカップ焼きそばを持ったまま立ち上がって、ソースをTシャツにこぼした。田中碧の逆転ゴールでは、隣に置いていた缶チューハイを蹴り倒した。観戦飯は「食べる」行為であると同時に、感情の暴発に巻き込まれる「被害者」でもある。

そして2026年6月15日。日本対オランダ戦。今度はアメリカ時間に合わせた早朝5時キックオフ。冷蔵庫の中身を確認する。昨日のうちに仕込んでおいた納豆ごはんの準備がある。タレと辛子をかけるだけ。1パック33円の最強おかずが、朝5時の食卓を支える。カップ麺、おにぎり、納豆ごはん、缶ビール。総額で500円もしない観戦飯が、4年に一度の特別な朝を彩る。

⚽ 2022年のドイツ戦逆転勝利のとき、編集部員は興奮のあまり深夜3時にピザを注文。届くわけがなかった。

ひとりで観る贅沢、みんなで食べる興奮

観戦飯の楽しみ方は、大きく分けてふたつある。ひとりで観るか、誰かと観るか。

ひとり観戦の良さは、好きなものを好きなだけ食べられることだ。誰にも気を遣わなくていい。ビールを何本開けようが、ポテチの袋を3つ空にしようが、誰にも文句を言われない。しかも早朝5時。家族はまだ寝ている。リビングは自分だけの城になる。テレビのボリュームだけ気をつければ、あとは完全に自由だ。

この「ひとりの贅沢」は、球場メシが美味すぎる件。開幕前に知りたい球場グルメの今で書いた球場観戦とは真逆のベクトルにある。球場では5万人の歓声と一体化する快感がある。自宅のW杯観戦は、完全な孤独の中で、画面の向こうの歓声とだけつながる。その距離感が、食べ物の味を変える。ひとりで食べるカップ麺は、なぜか球場で食べるカレーとは別種の「うまさ」がある。

一方で、仲間と集まって観戦する文化も根強い。スポーツバーやパブリックビューイングは大会のたびに盛り上がるし、友人の家に集まって観るスタイルも定番だ。このとき観戦飯は「持ち寄り」になる。誰かがピザを頼み、誰かがコンビニでつまみを買い、誰かがビールのケースを持ってくる。新宿のHUBや渋谷のスポーツバーでは、W杯期間中だけ早朝営業をする店もある。午前4時からギネスを注ぐパブ。冷静に考えると狂気だが、4年に一度の祭りにはその狂気が似合う。

家族で観る場合はまた違う。子どもと一緒に早起きして、ホットケーキを焼きながらテレビをつける。「日本が勝ったらお寿司ね」なんて約束をして、前半を観る。子どもはハーフタイムで飽きるかもしれないが、ゴールの瞬間だけは一緒に叫ぶ。その記憶は、ホットケーキの甘い匂いとセットで残る。2002年大会のとき小学生だった子どもたちが、2026年には大人になって自分の観戦飯を用意している。サッカーと食の記憶は、そうやって世代を超えていく。

⚽ 2002年のベルギー戦を中学校の体育館で全校応援した世代。あのとき食べた購買のパンの味、まだ覚えてます。

6月15日、おにぎりを握って待て

2026年ワールドカップのグループステージ、日本対オランダ。6月15日、午前5時キックオフ。場所はアメリカのどこかのスタジアムで、日本から約9,000キロ離れている。でもテレビの前なら、距離はゼロだ。

オランダ。デ・ヨング、ハキミ、ガクポ——才能の塊のような選手たちが、オレンジのユニフォームで日本に立ちはだかる。思い出すのは1998年フランス大会のベルカンプ、2010年南アフリカ大会のスナイデル。オランダは常に日本サッカーにとって「壁」だった。その壁を、2026年のこのチームが超えられるかどうか。

俺は今夜、午前3時半に目覚ましをかける。4時に起きて顔を洗い、お湯を沸かす。カップヌードルにお湯を注ぐのは4時55分の予定だ。おにぎりは昨晩のうちにセブンで買ってある。鮭と、ツナマヨ。缶ビールはアサヒスーパードライのロング缶を1本。冷蔵庫で完璧な温度に冷えているはずだ。

たぶんこの瞬間、日本中で同じことが起きている。何百万人もの人が、同じ時間に冷蔵庫を開けて、同じように「何か食べるもの」を探している。カップ麺の人もいれば、菓子パンの人もいる。前の晩に牛丼を買っておいた人もいるだろう。コンビニのホットスナック棚がいつもより早く補充されている。ファミチキを揚げる音が、まだ暗い店内に響いている。

これが観戦飯だ。夜食でも朝食でもない、第3の食事。4年に一度、時差が生み出す名もなき食体験。メニューに正解はない。カップ麺でもおにぎりでも納豆ごはんでもいい。大事なのは、キックオフの瞬間に手元に何かがあること。テレビの前で、同じ時間に、同じ試合を観ながら、それぞれの「うまい」を噛みしめること。

さあ、目覚ましをかけよう。明日の朝、日本中のリビングに湯気が立つ。

KOTOHAREの視点:ワールドカップの観戦飯は、夜食でも朝食でもない「第3の食事」だ。時差14時間の北中米大会では、早朝5時のキックオフに合わせて日本中の冷蔵庫が開く。カップ麺、おにぎり、納豆ごはん、缶ビール——メニューに正解はないが、あの時間に食べるものには4年に一度だけの特別な味がある。W杯の日本戦前後にコンビニ深夜帯の売上が跳ね上がるデータが示すとおり、観戦飯はもはや日本の食文化のひとつだ。