アジフライが「映えメシ」になっている。何が起きているのか
定食屋の地味な定番おかずだったアジフライに、今、行列ができている。福岡のPayPayドームには「アジフライBOX」という、アジフライ食べ放題の観戦席まで誕生した。SNSを開けば、きつね色に輝くアジフライの写真が「映え」として拡散され、専門店が次々とオープンしている。
昭和の食堂でおばちゃんが揚げていたあの地味なおかずが、なぜ今、若者たちの間で「バズる」食べ物になっているのか。タピオカでも、高級食パンでもなく、なぜアジフライなのか。この現象の裏側には、一人の市長の「怒り」と「確信」があった。
アジフライは、誰もが知っている。でも誰も語らなかった。その「語られなさ」こそが、今のブームの鍵なのかもしれない。
「アジフライでしょ?定食屋のあれでしょ?」——その認識、古い
多くの人にとって、アジフライとはスーパーの惣菜コーナーに並ぶ茶色い揚げ物か、定食屋でご飯の脇に添えられる脇役だ。油っぽくて、ときどき生臭くて、衣が厚くてボリュームだけはある。そんなイメージを持っている人は少なくないだろう。
でも、鮮度のいいアジを薄衣でサクッと揚げたアジフライは、まったくの別物だ。噛んだ瞬間、衣がサクッと音を立て、中からふわっとアジの旨味が広がる。生臭さはなく、油っぽさもない。むしろ上品ですらある。
一度そういうアジフライを食べると、概念が覆る。「これがアジフライ?」と。スーパーの惣菜と、専門店のアジフライは、同じ名前を持つ別の料理なのだ。
そしてその「別物」を知った人たちが、SNSで写真を上げ、友人を誘い、行列を作る。地味だと思われていたアジフライが、今、静かに、でも確実に「語られる料理」へと変わっている。
松浦市長が居酒屋で食べたアジフライが、すべての始まりだった
この現象の起点は、2019年にある。長崎県松浦市が「アジフライの聖地」を宣言したのだ。松浦市は、アジの水揚げ量が日本一。その地の利を活かし、自治体ぐるみでアジフライをブランディングする戦略に舵を切った。
きっかけは、市長が関西の居酒屋で食べたアジフライだった。そのアジフライは、冷凍もので、衣は厚く、中身はパサパサ。油は古く、生臭さが残っていた。市長は思ったという。「うちのアジフライは、こんなものじゃない」と。
松浦市のアジフライは、朝獲れのアジをその日のうちに揚げる。衣は薄く、油は新しく、身はふっくらしている。その差に愕然とした市長は、「うちのアジフライは日本一うまい」という確信を胸に、地域ブランドとして全国に発信する決断をした。
そして2022年、TBSの人気番組「マツコの知らない世界」でアジフライ特集が組まれた。放送後、Twitterでは「アジフライ」がトレンド入りし、Google検索も急上昇。さらに2023年には、タモリがラジオでアジフライ愛を熱弁し、ブームはさらに加速した。
福岡・博多の「アジフライセンターおむこさん」がSNSで全国的に拡散されたのもこの時期だ。揚げたてのアジフライを何枚も重ねた写真は、まさに「映え」だった。唐揚げやハンバーグには専門店があったが、アジフライにはなかった。その「空白地帯」を埋めるように、専門店が次々と誕生した。
「タピオカ→高級食パン→唐揚げ→アジフライ」という「専門店ブーム」の系譜の中で、アジフライは最も「素朴」で「懐かしい」位置にいる。だからこそ、今の消費者に刺さっている。
流行は移ろうが、アジフライには「定番」という強みがある。誰もが知っていて、誰もが食べたことがあって、でも「ちゃんとしたもの」を食べたことがない人が多い。そのギャップこそが、ブームの正体なのだ。

ソースか、タルタルか、塩か。アジフライは「何をかけるか」で戦争になる
美味いアジフライには、いくつかの条件がある。まず鮮度。時間が経つと生臭くなるため、揚げたてが命だ。次に産地。松浦産や五島列島産など、脂ののった良質なアジを使っているかどうか。そして衣の薄さ。厚い衣は油っぽさを生むが、薄い衣はサクサク感を引き立てる。
油の質も重要だ。古い油は酸化し、風味を損なう。揚げ時間も短すぎれば生臭く、長すぎればパサつく。アジフライは、シンプルだからこそ、ごまかしが効かない。
そしてもう一つ、アジフライを語るうえで避けて通れないのが「何をかけるか論争」だ。ソース派、タルタル派、塩派、醤油派。どれが正解かは永遠に決着しない。ソースは濃厚でご飯が進む。タルタルはまろやかで洋風に寄る。塩はアジ本来の旨味を引き立て、醤油は和の風味を強調する。
どれも正しい。どれも美味い。だから論争は終わらない。そしてその「終わらなさ」が、SNSでの拡散を生んでいる。
2026年、アジフライはさらに進化を続けている。福岡のPayPayドームには「アジフライBOX」が誕生し、観戦しながらアジフライを食べ放題で楽しめる。福岡・薬院駅にはアジフライ自動販売機が設置され、24時間いつでも揚げたてが買える。ドムドムハンバーガーは「はみでるアジフライバーガー」を発売し、話題を呼んだ。
球場グルメとしてもアジフライは進化を続けている。かつて球場で食べるものといえばホットドッグやポップコーンだったが、今はご当地の名物が並ぶ。その中でアジフライは、手軽さと満足感を兼ね備えた最強の選択肢として支持されている。

次に定食屋で迷ったら、アジフライを頼んでみてほしい
アジフライは地味だ。華やかさはなく、SNS映えを狙ったビジュアルでもない。でも地味だからこそ、ちゃんと作ると驚くほど美味い。松浦市の市長が居酒屋で感じた「うちのアジフライは日本一うまい」という確信が、このブームの原点にある。
知れば知るほど奥が深い。産地、鮮度、衣、油、かけるもの——変数が多いからこそ、食べ比べが楽しい。同じ「アジフライ」という名前でも、店によって、地域によって、まったく違う味がする。
次に定食屋のメニューで迷ったら、アジフライを頼んでみてほしい。スーパーの惣菜しか食べたことがないなら、ぜひ専門店や、港町の定食屋で食べてみてほしい。サクッと噛んだ瞬間に、ふわっと広がるアジの旨味。その一口が、アジフライへの概念を変えるかもしれない。
地味なおかずが、語られる料理へ。アジフライは今、静かに、でも確実に、日本の食卓の主役になろうとしている。