スーパーのいちご売り場に立って、何を選べばいいかわからない

スーパーのいちご売り場に立つと、途方に暮れる。あまおう、とちおとめ、紅ほっぺ、スカイベリー、いちごさん……パッケージに書かれた名前は違うのに、どれも同じ赤い果実だ。値段は1パック300円から1000円まで。何が違うのか。どれを選べばいいのか。

実は日本には、300を超えるいちごの品種が存在する。りんごが約2000品種、米が約900品種と言われる中で、この数字は異常だ。しかもその多くが、平成以降に登録されたものだ。なぜこれほどまでに品種が増え続けているのか。

その答えは、売り場に並ぶ一つひとつの名前の裏にある。「あまおう」「とちおとめ」「いちごさん」——それらは単なる商品名ではない。県のプライドと、農家の10年分の仕事が詰まった、物語の結晶なのだ。

いちごは果物だと思われているが、実は野菜に分類される。正確には「草本性の多年生作物」だ。だが分類なんてどうでもいい。大事なのは、この赤い果実が日本の農業にとって、とてつもなく重要な存在だということだ。

いちごの国内生産額は年間約1500億円。冬から春にかけての農業の「稼ぎ頭」であり、ハウス栽培技術の粋を集めた作物だ。だからこそ、各県は独自のブランドを開発し、市場で戦う。いちご売り場は、実は日本の農業の縮図なのである。

「いちごなんて甘ければいい」——本当にそうだろうか

正直に言えば、多くの人はいちごの品種なんて気にしていない。甘ければいい、安ければいい、見た目が良ければいい。それが本音だろう。スーパーで手に取るとき、品種名を見る人がどれだけいるだろうか。

でも「あまおう」という名前の由来を知ったら、少し見方が変わるかもしれない。「あかい・まるい・おおきい・うまい」の頭文字を取った名前だ。福岡県が12年かけて開発し、2005年にデビューした。開発コードは「福岡S6号」。味、見た目、輸送性、すべてを高次元で実現するために、何千もの交配が繰り返された。

「とちおとめ」は栃木県が1996年に登録した品種で、生産量は日本一だ。甘さと酸味のバランスが良く、ケーキにも生食にも向く。栃木県は「いちご王国」を自称し、県内には「いちごの里」という観光施設まである。とちおとめの成功が、県のアイデンティティになっているのだ。

「紅ほっぺ」は静岡県の品種で、ケーキ屋が愛用する。果肉が硬めで、カットしても形が崩れにくい。甘さだけでなく、酸味もしっかりある。パティシエたちは「紅ほっぺでないと、ショートケーキの味が決まらない」と言う。

つまり、いちごは品種によって味の方向性がまったく違う。甘さ特化型、バランス型、酸味しっかり型、大粒贈答型、SNS映え型——それぞれに開発意図があり、ターゲットがいる。いちご売り場は、戦略の展示場なのだ。

「いちごの品種開発は、県の威信をかけた戦いだ」——ある農業試験場の研究員は、そう語った。

いちご300品種。日本が「品種改良大国」になった構造的理由

日本にいちごが伝わったのは江戸時代末期、オランダ経由だった。当初は観賞用として栽培され、食用としての普及は明治以降だ。大正時代には「福羽」という品種が登場し、昭和には「ダナー」「宝交早生」が主流となった。

昭和後期の定番は「女峰」と「とよのか」だった。女峰は栃木県、とよのかは福岡県が開発した。この2品種が市場を二分していた時代、いちご業界はまだ穏やかだった。だが平成に入ると、状況は一変する。

1990年代以降、各県が独自ブランドの開発に乗り出した。栃木県は「とちおとめ」、福岡県は「あまおう」、静岡県は「紅ほっぺ」、長崎県は「ゆめのか」、佐賀県は「いちごさん」。まさに「いちご戦国時代」の到来だ。

なぜこれほどまでに品種開発が過熱したのか。理由は3つある。第一に、いちごは冬から春にかけての農業の「稼ぎ頭」だ。米や野菜と違い、単価が高く、ハウス栽培で安定収入が見込める。第二に、ブランド化によって単価が2〜3倍になる。「あまおう」は1パック600円〜1000円で売られるが、ノーブランドなら300円程度だ。

第三に、開発には10年以上かかる。交配実験、選抜、試験栽培、味覚テスト、病害抵抗性の確認、登録申請——気が遠くなるような工程だ。だからこそ、成功すれば10年以上の優位性が保てる。

あまおう・とちおとめ・紅ほっぺなど品種ごとに並べられたいちご
あまおう、とちおとめ、紅ほっぺ——名前の数だけ、農家の物語がある

だが、この戦いには暗部もある。2000年代、日本のいちご品種が韓国に無断で持ち出され、栽培された。「レッドパール」「章姫」といった品種だ。韓国は現在、いちごの一大輸出国となり、日本の輸出を脅かしている。品種登録制度の不備が、国益を損なった典型例だ。

主要ブランドを整理しよう。「あまおう」は福岡県、甘さと大粒が特徴。「とちおとめ」は栃木県、生産量日本一でバランス型。「紅ほっぺ」は静岡県、甘酸バランスが良くケーキ屋御用達。「スカイベリー」は栃木県、とちおとめ後継の大粒高級路線。「いちごさん」は佐賀県、2018年デビューで甘さ特化。「ゆうべに」は熊本県、断面が美しくSNS映え。「淡雪」は白いちごで、贈答用の高級品だ。

それぞれに開発ストーリーがあり、ターゲット層があり、戦略がある。いちご売り場は、実は壮大な物語の展示場なのである。

ヘタ側から食べると、最後に甘さが残る

いちごには、知られざる食べ方の科学がある。まず、いちごは先端ほど糖度が高い。ヘタ側は糖度が低く、先端に行くほど甘くなる。だから、ヘタ側からかじると、最後に甘さのピークが来る。逆に先端から食べると、最後に物足りなさが残る。

次に、洗いすぎると水っぽくなる。いちごは果肉がスポンジ状で、水を吸いやすい。流水でサッと流す程度でいい。ボウルに浸けるのは避けたほうがいい。ヘタを取ってから洗うと、さらに水を吸うので要注意だ。

さらに、冷蔵庫から出してすぐ食べるのはもったいない。常温に5分ほど置くと、香りが立つ。いちごの香り成分は揮発性が高く、冷たすぎると感じにくい。ワインと同じで、少し温度を上げると本来の香りが開く。

いちご狩りのシーズンは1月から5月、ピークは2〜3月だ。この時期、各地の観光農園では食べ放題が楽しめる。品種を食べ比べできる農園も多い。スーパーで迷うなら、いちご狩りで実際に味わってみるのもいいだろう。

ちなみに、ポン酢と同じく、いちごも品種で味がまったく違う。ポン酢が柑橘の種類で風味が変わるように、いちごも品種で甘さ、酸味、香り、食感が変わる。知れば知るほど、選ぶ楽しみが増える。

いちごのヘタ側と先端の糖度の違い
先端ほど糖度が高い。ヘタ側から食べると、最後に甘さのピークが来る

次にスーパーでいちごを手に取るとき、品種名を見てほしい

次にスーパーのいちご売り場に立ったら、品種名を見てほしい。「あまおう」「とちおとめ」「紅ほっぺ」——その名前の裏に、農家の10年分の仕事がある。何千もの交配、何年もの試験栽培、何度もの失敗と選抜。そうして生まれた品種が、今あなたの手のひらに乗っている。

「あまおう」の命名会議では、候補が50以上あったという。「とちおとめ」の交配実験では、何千もの苗が育てられ、そのうちの1つだけが選ばれた。「いちごさん」の市場テストでは、消費者の反応が何度も確認された。

品種名は、ただのラベルではない。それは物語の入り口だ。知ったうえで食べるいちごは、ただの果物じゃなくなる。甘さの裏に、誰かの10年が見える。赤い果実の裏に、県のプライドが透けて見える。

春の旬の今こそ、いちごの違いを味わうチャンスだ。あまおうの大粒の甘さ、とちおとめのバランス、紅ほっぺの酸味——それぞれに個性がある。ヘタ側からかじれば、最後に甘さが残る。その甘さの裏にある物語も、一緒に味わってほしい。

スーパーのいちご売り場は、実は日本の農業の縮図だ。300を超える品種、10年以上の開発期間、県のプライドをかけたブランド戦争——あの赤い果実の裏に、途方もない物語が詰まっている。

次にいちごを買うとき、少しだけ立ち止まってほしい。品種名を見て、産地を見て、形を見て、選んでほしい。その選択が、誰かの10年を支えている。そして、ヘタ側からかじってほしい。最後に来る甘さが、きっといつもより深く感じられるはずだ。

KOTOHAREの視点:スーパーのいちご売り場は、実は日本の農業の縮図だ。300を超える品種、10年以上の開発期間、県のプライドをかけたブランド戦争——あの赤い果実の裏に、途方もない物語が詰まっている。次にいちごを買うとき、品種名を見てほしい。ヘタ側からかじれば、最後に甘さが残る。その甘さの裏にある物語も、一緒に味わってほしい。