定番の裏側 一皿の物語 食の旅日記
松浦一酒造に水の守り神として祀られている河伯。注連縄と灯籠、榊に囲まれた祭壇
定番の裏側

河童のミイラを祀る酒蔵。佐賀・伊万里の松浦一酒造

2026.08.10 ・ 読了 7分 ・ 文:KOTOHARE編集部
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佐賀の酒蔵に、河童のミイラが祀られている。

この一行を最初に見たとき、正直に言うと、筆者は冗談だと思った。よくできた土産話か、客寄せのために誰かが考えた作り話だろう、と。

だが、その蔵は公式に「かっぱの酒蔵」を名乗っている。伊万里の松浦一酒造。創業は正徳6年、西暦でいえば1716年である。2026年で311年目を迎える蔵が、代々ひとつの存在を守り神として祀り続けている。

そして調べていくと、これは怪談の類の話ではなかった。むしろ、酒造りという仕事の根っこにあるものを、まっすぐ言い当てた話だった。

屋根裏から出てきた「河伯」の箱

松浦一酒造の田尻家には、代々こんな言い伝えがあったという。「我が家には何か珍しいものがある」。ただし、それが何なのかは誰も知らなかった。伝わっていたのは、珍しい何かがあるらしい、という事実だけである。

正体が分かったのは、母屋の屋根替えをしたときのことだ。大工の棟梁が、梁の上に紐でくくられた木箱があるのを見つけた。開けてみると、中には奇妙な形をしたミイラが納められていた。

箱には紙が貼られていた。そこに書かれていた二文字が「河伯(かはく)」である。

それがいつのことだったのか。蔵の説明では「約70年前」とされているが、正確な年月までは公表されていない。誰が、なぜ、いつ梁の上に納めたのかも分かっていない。ミイラが何であるのかについても、蔵は断定していない。

ここで肝心なのは、蔵がその箱をどう扱ったかだ。得体の知れないものが屋根裏から出てきたのだから、そっと処分するという道もあったはずである。だが松浦一酒造は、祀ることを選んだ。以来、河伯は水の守り神として蔵に迎えられている。

なぜ酒蔵に河童なのか。「水の神」という補助線

河童のミイラ、という言葉だけを取り出すと、どうしても見世物めいて聞こえる。だが「河伯」という呼び名を知ると、話の重心が変わる。

河伯とは、もともと中国の伝説に登場する黄河の神を指す言葉だ。それが日本に伝わる過程で、河伯と河童が結びついていったという説がある。つまり河伯は、河童であると同時に、河の神でもある。

ここに補助線を一本引くと、話がつながる。酒造りは、水が命だ。仕込みに使う水の質が、そのまま酒の質になる。米も麹も酵母も欠かせないが、量でいえば酒の大半は水である。良い水のない土地に、蔵は建たない。

その蔵の屋根裏から、水の神と同じ名を持つものが出てきた。祀らない理由が、どこにあるだろう。

正直に言うと、筆者はここで腑に落ちた。奇談として面白がっていた話が、急に筋の通った信仰の話に見えてきたからだ。日本の蔵にはたいてい神棚がある。酒造りは人の手だけでは完結しない——その感覚が、この仕事にはずっと残ってきた。

松浦一酒造では、毎年12月1日に「河童祭」が行われている。仕込みの季節に、水の神へ手を合わせる。蔵元がこの30年で半分に減ったという現実を思えば、311年目まで続いていること自体が、静かにすごい。

「かっぱの酒蔵」の、311年目

いまの松浦一酒造は、河伯を隠していない。むしろ看板にしている。蔵は無料で見学でき、河伯のほか、昭和30年代まで使われていた酒造りの道具、古い農機具、集められたカッパコレクションを自由に見て回れる。事前に予約すれば、蔵の案内もしてもらえるという。2016年にはフジテレビ系の番組にも登場した。

酒そのものの評価も重ねている。パリで開かれる日本酒コンクール「KURA MASTER」では、2017年に純米大吟醸 松浦一が純米大吟醸部門で金賞、2020年には純米吟醸 松浦一が雄町部門で金賞。梅酒でも2024年に大吟醸梅酒、2026年にプリュム古城梅が金賞を受けている。代表銘柄「松浦一」の名には、松浦地方で一番になりたい、という願いが込められているという。

その一方で、311年目の蔵にも現実は届く。2026年3月、松浦一酒造は原料米価格の高騰を理由に、全商品の価格改定を発表した。米が上がれば酒も上がる。当たり前の話だが、当たり前だからこそ、小さな蔵ほど重い。

ただ、暗い話で終わる必要もない。いまは公式のネットショップとInstagramがあって、伊万里まで足を運べなくても、この蔵の酒は買える。守り神の話に惹かれた人が、その勢いのまま一本を取り寄せられる。311年前にはなかった道が、蔵の前に伸びている。

棚の前で、少しだけ想像してみる

河伯が何なのかは、おそらくこれからも分からないままだろう。それでいいのだと思う。正体を突き止めることと、大切に祀り続けることは、まったく別の話だからだ。少なくともこの蔵にとって河伯は、謎ではなく、水への感謝を向ける先である。

次に日本酒の棚の前に立ったら、ラベルの向こうを少しだけ想像してみてほしい。その一本を造った蔵には、どんな水があって、何が祀られているのか。自分の好みを言葉にするのと同じくらい、その想像は一杯を面白くしてくれる。

水に手を合わせてきた蔵が、まだ佐賀にある。

KOTOHAREの視点:佐賀・伊万里の松浦一酒造は正徳6年(1716年)創業、2026年で311年目。母屋の屋根替えの際に梁の上から「河伯」と記された木箱が見つかり、中のミイラを蔵は処分せず祀ることを選んだ。河伯とは中国の黄河の神に由来する呼び名で、河童であると同時に河の神でもある。仕込み水が味を決める酒造りにとって、水の神を祀るのは筋の通った話だ。正体は誰にも分からないまま、蔵は毎年12月1日に河童祭を続けている。

蔵の情報

蔵元
松浦一酒造株式会社(かっぱの酒蔵)
創業
正徳6年(1716年)
住所
佐賀県伊万里市山代町楠久312
TEL
0955-28-0123
営業時間
9:00〜17:00
定休日
なし(伊万里市観光協会の案内による)
見学
河伯、昭和30年代までの酒造りの道具、農機具、カッパコレクションを無料で自由見学。事前予約で蔵の案内あり
アクセス
松浦鉄道西九州線 楠久駅から徒歩約7分。駐車場あり
通販
公式ネットショップ(BASE)
備考
営業時間・見学の受け入れ状況は変更の場合があるため、来訪前に蔵へご確認を。2026年3月に原料米価格高騰にともなう価格改定が発表されている

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この記事を書いた人

KOTOHARE編集部

30代・食いしん坊の編集部員。コンビニの新商品から町の老舗まで、うまいものなら何でも食べる雑食派。今夜の晩酌のつまみを考えるのが日課です。

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