行列の8割が女性。マーラータンに何が起きているのか
渋谷の道玄坂を歩いていると、ふと行列が目に入る。ラーメン屋でもパンケーキ屋でもない。赤い看板に「麻辣湯」の三文字。店の前に並んでいるのは、ほとんどが20代から30代の女性だ。スマホで写真を撮りながら、楽しそうに順番を待っている。
池袋でも、新宿でも、大阪の心斎橋でも、同じ光景が広がっている。「マーラータン」という聞き慣れない料理の看板が、気づけば街のあちこちに増えている。ラーメン屋が閉店した跡地に、マーラータンの店が入る。タピオカ屋が消えた場所に、マーラータンの店が開く。明らかに何かが起きている。
2024年、Z世代トレンドランキングで1位を獲得。日経トレンディの「ヒット商品ベスト30」では6位にランクイン。2025年には新語・流行語大賞にノミネートされた。数字だけ見ても、マーラータンが「一過性の話題」の域を超えていることがわかる。
渋谷にある「七宝麻辣湯」の行列は、平日でも途切れない。大宮店のオープン日には、開店前に160人が並んだ。この5年間で店舗数は9倍に膨れ上がっている。
ラーメンでもうどんでもなく、マーラータン。なぜ今、この料理なのか。なぜ女性なのか。そこには「食べる」という行為そのものの変化が見える。
四川の曳航業者が発明した、庶民のスープ
マーラータンの故郷は、中国・四川省の長江流域だ。「麻辣湯」の三文字を分解すると、そのまま味の設計図になる。麻は山椒の痺れ、辣は唐辛子の辛さ、湯はスープ。痺れて、辛くて、温かい。名前がそのまま味を説明している、潔い料理だ。
もともとは、長江で船を曳く労働者たちが体を温めるために作った鍋料理だったとされる。川の水で野菜や肉を煮込み、唐辛子と花椒で味をつける。材料費は安く、体は芯から温まる。贅沢品ではなく、生きるための食事だった。
この素朴な料理が、やがて屋台に並び、庶民の胃袋を掴んだ。中国では今、マーラータンのチェーン店が7000店以上ひしめく。コンビニより多い地域もある。日本でいうラーメン以上の、国民的ストリートフードなのだ。
世界最大のマーラータンチェーン「楊国福麻辣湯」は、全世界で6000店舗を超える。マクドナルドやスターバックスと同じ規模感で、麻辣湯が世界に広がっている。その事実だけでも、この料理のポテンシャルがわかるだろう。
つまり、マーラータンは中国では「当たり前の食事」だ。日本人にとってのラーメンや牛丼のように、誰もが知っていて、誰もが食べている。それが海を渡って日本に来た。渡ってきた先で起きたのは、本国とは少し違う形の爆発だった。
渋谷の1杯から始まった、日本のマーラータン史
日本におけるマーラータンの歴史は、一人の男の執念から始まる。
料理評論家・石神秀幸。彼は中国全土を巡り、200軒以上のマーラータン屋を食べ歩いた。四川省の路地裏から、重慶の屋台街まで。何百杯ものスープを飲み、何百種類もの具材を試し、たどり着いたのが「日本人の舌に合うオリジナルスープ」だった。2007年、渋谷に「七宝麻辣湯」をオープン。これが日本のマーラータン文化の起点となった。
当時、日本でマーラータンを知っている人はほとんどいなかった。「マーラータンって何?」「辛い鍋?」「火鍋とどう違うの?」——そんな反応が当たり前の時代だ。石神はそこから地道にファンを増やしていった。
転機は2018年。中国の巨大チェーン「楊国福麻辣湯」が池袋に上陸した。在日中国人コミュニティを中心に瞬く間に広がり、「本場の味が日本で食べられる」と話題になった。池袋北口のチャイナタウンを歩けば、マーラータンの店が何軒も軒を連ねていた。
しかし、本当のブレイクは2023年以降だ。TikTokやInstagramで「マーラータン」の投稿が爆発的に増えた。インフルエンサーたちが具材を選ぶ動画、スープをすする動画、辛さに悶える動画。視覚的に映える料理は、SNS時代の拡散力と完璧にマッチした。
七宝麻辣湯は5年間で店舗数が9倍になった。渋谷の1店舗から始まった物語が、全国に広がっている。日本のマーラータン市場は今、まさに沸騰点に達している。
ラーメンは「受け取る食」、マーラータンは「参加する食」
マーラータンがZ世代の女性に刺さった理由は、大きく三つある。
一つ目は、カスタマイズ性だ。マーラータンの店に入ると、まず目に飛び込んでくるのは、ずらりと並んだ具材のショーケース。肉団子、湯葉、きくらげ、パクチー、えのき、チンゲン菜、春雨、トマト——50種類以上の中から、好きなものを自分で選ぶ。辛さも5段階で調整できる。スープの種類も選べる。つまり、二度と同じ一杯にはならない。「自分だけの一杯」を作れるという体験が、Z世代の「自分らしさ」志向と完璧にフィットした。
ラーメンとの対比がわかりやすい。ラーメンは、店主が何十年もかけて完成させた「一杯」を受け取る食だ。替え玉やトッピングはあるが、基本的にはプロが設計した味をそのまま食べる。マーラータンは違う。客が自分で具材を選び、自分で味を設計する。いわば「参加する食」なのだ。
二つ目は、ヘルシーさ。マーラータンのスープには、花椒、八角、クミン、ナツメなど薬膳に使われるスパイスがふんだんに入っている。具材も春雨、豆腐、野菜が中心。ラーメンのような背脂や豚骨スープとは対照的だ。1杯1500円前後で、たっぷりの野菜とスパイスが摂れる。「辛いものを食べてデトックス」「薬膳で体の中からきれいに」——そんなイメージが、美容や健康に敏感な若い女性の心を掴んだ。
三つ目は、韓国経由のトレンドだ。実はマーラータンは、日本より先に韓国で大ブームになっていた。韓国の若者の間では「マーラータンフル」という造語まで生まれた。「マーラータン」と「ソウルフル」を掛け合わせた言葉で、「マーラータンに夢中」という意味だ。K-POPアイドルがマーラータンを食べる動画がSNSで拡散され、韓国カルチャーに敏感な日本のZ世代がそれをキャッチした。韓国で流行ったものが日本に来る——アボカドが日本に定着した経緯とも共通する、海外発の食文化が日本で花開くパターンだ。
この三つの要素が重なった結果、マーラータンは「辛い鍋料理」という枠を超え、「自分を表現する食体験」として受け入れられた。具材の選び方にその人の個性が出る。SNSに投稿すれば「センスいいね」と言われる。食べること自体がコンテンツになる時代に、マーラータンは完璧に適応した料理だったのだ。
ラーメン業界が縮小する中、マーラータンは8.5倍の成長
ここで、少し冷静に数字を見てみよう。
日本のラーメン業界は、実は縮小傾向にある。原材料費の高騰、人手不足、光熱費の上昇——街のラーメン屋が次々と閉店している。一方で、マーラータンの市場規模はこの数年で8.5倍に成長した。ラーメンが「完成された食文化」として成熟期に入ったのに対し、マーラータンはまだ成長の真っただ中にいる。
この対比は、日本の食トレンドの大きな転換を示唆している。「とりあえずビール」の文化が揺らいでいるのと同じように、「店主が決めた一杯を黙って受け取る」という食のスタイルが、少しずつ変わり始めているのかもしれない。自分で選びたい。自分で決めたい。その欲求が、ビールの世界でもラーメンの世界でも、新しい波を起こしている。
マーラータンのビジネスモデルも、飲食業界の常識を覆している。具材は客が自分で選んでボウルに入れる。店側は、スープを作り、具材を茹でるだけ。ラーメン屋のように一杯ずつ職人が仕上げる必要がない。オペレーションが圧倒的にシンプルなのだ。人手不足に悩む飲食業界にとって、マーラータンは「省人化」の観点からも魅力的なビジネスモデルだった。
コンビニ各社も動き始めている。セブン-イレブン、ファミリーマート、ローソンがこぞってマーラータン風のカップ麺やチルド商品を投入。スーパーの即席麺コーナーにも「麻辣湯」の文字が並ぶようになった。一つの料理が、外食からコンビニ、スーパーへと浸透していく速度は、かつてのタピオカブームを上回っている。
だが、ここで一つの疑問が浮かぶ。タピオカも、高級食パンも、最初は「もう止まらない」と言われた。そして、消えた。マーラータンは、同じ道を辿るのだろうか。
ラーメンは「完成品」を受け取る食事だが、マーラータンは「自分で組み立てる」食事だ。この違いは、単なる提供方法の差ではなく、食に対する価値観の転換を映している。
タピオカの二の舞になるか、定番に化けるか
タピオカミルクティーのブームを覚えているだろうか。原宿に行列ができ、インスタ映えの代名詞になり、全国に専門店が乱立した。そして数年後、閉店ラッシュ。跡地にはマーラータンの店が入った——という話は、冗談のようで本当にある。
高級食パンも同じだ。「乃が美」「嵜本」「銀座に志かわ」。一斤1000円のパンに行列ができた時代は、あっという間に終わった。ブームには必ず「飽き」が来る。目新しさが消えた瞬間に、客は去る。
では、マーラータンはどうか。正直なところ、まだ答えは出ていない。だが、タピオカや高級食パンにはなかった要素が、マーラータンにはある。
それは「毎回違う体験ができる」ということだ。タピオカミルクティーは、何回飲んでも基本的に同じ味だ。高級食パンも、買うたびに同じパンが出てくる。飽きるのは当然だ。しかしマーラータンは、50種類以上の具材の組み合わせで、毎回違う一杯になる。前回は肉団子と湯葉で攻めたから、今日はきくらげとトマトで爽やかに。辛さも前回は3だったけど、今日は5に挑戦してみよう。この「次はどうしよう」という楽しみが、リピートを生む。
もう一つ重要なのは、マーラータンが「食事」であるということだ。タピオカはおやつだった。高級食パンは嗜好品だった。でもマーラータンは、春雨や野菜や肉が入った、ちゃんとした一食だ。おやつや嗜好品は飽きれば終わるが、食事は毎日必要なもの。ランチの選択肢として「今日はマーラータンにしよう」と思える限り、この料理は生き残る可能性がある。
中国で7000店以上のチェーンが存在し、日常食として定着している事実も心強い。本国で一過性のブームではなく「定番」として生き残っている料理が、日本で定番になれない理由はない。ラーメンだって、もとは中国から来た料理だ。それが今、日本を代表する食文化になっている。マーラータンが同じ道を辿る可能性は、十分にある。
次にマーラータンの行列を見かけたら、通り過ぎないでほしい。中に入って、ショーケースの前に立って、自分だけの一杯を組み立ててみてほしい。50種類の具材を前にしたとき、あなたは「食べる」ではなく「作る」感覚を味わうはずだ。その小さな自由が、マーラータンが愛される理由のすべてだ。
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