あなたはベネズエラの朝食を想像できるか

テレビの向こうで、侍ジャパンがベネズエラと対峙している。スタンドには赤と青と黄色のトリコロールを身にまとったベネズエラのファンたちが、地鳴りのような声援を送っている。日本のファンも負けじと声を張り上げる。野球というスポーツが、二つの国を一つのフィールドに引き寄せている。

ふと、思う。私たちはベネズエラという国について、何を知っているだろう。南米にある。石油が出る。最近は経済的に苦しいらしい。——おそらく、それくらいではないだろうか。では、ベネズエラの人が毎朝何を食べているか、想像できるだろうか。

答えは「アレパ」。トウモロコシの粉を練って焼いた、素朴な平焼きパンだ。ベネズエラでは毎朝、どの家庭でもアレパが焼かれる。日本人にとってのご飯と味噌汁。それがベネズエラにおけるアレパの立ち位置だ。パン屋で買うのではない。母親が、祖母が、あるいは一人暮らしの若者が、毎朝キッチンで焼く。そういう食べ物だ。

WBCという舞台は、対戦国の名前を知る機会をくれる。でも、その国の「朝食」まで想像する人はほとんどいない。相手国の食文化を知ることは、その国への敬意の入口になる。そしてそこには、侍ジャパンが2度選んだ焼肉店・明月館の記事で書いたような「食と勝負の深い関係」がある。

今日は、野球の話はいったん脇に置こう。ベネズエラという国の食卓を、少しだけ覗いてみたい。

なぜベネズエラ人は毎朝トウモロコシを焼くのか

アレパの歴史は、ヨーロッパ人が南米大陸に到達するよりも遥かに古い。先住民族が数千年前からトウモロコシを栽培し、すり潰して焼いていた。それがアレパの原型だ。スペインの植民地になっても、独立戦争を経ても、経済危機に見舞われても、ベネズエラの朝からアレパが消えたことは一度もない。

作り方はシンプルだ。トウモロコシの粉(プレクッキドされた「アリナP.A.N.」というブランドが定番)に水と塩を加えて練り、手のひらで丸く成形して焼く。表面がカリッと焼けて、中はもっちり。それを真ん中で割って、具材を挟む。チーズ、黒豆の煮込み、牛肉のほぐし煮、アボカド、目玉焼き——何を挟むかは家庭によって違う。

なかでも有名なのが「レイナ・ペピアーダ」と呼ばれるアレパだ。アボカドとチキンサラダを挟んだもので、1955年のミス・ワールドでベネズエラ代表のスサナ・ドゥイムが優勝した際、彼女に捧げられたレシピだとされている。美の女王(レイナ)の名を冠した国民食。ベネズエラらしいエピソードだ。

日本のおにぎりと比べてみると、面白い共通点がある。米を握って具を入れるか、トウモロコシを焼いて具を挟むか。主食の穀物を手で成形し、中に好きなものを入れて持ち運ぶ。地球の反対側で、人間は同じ発想にたどり着いている。

ベネズエラでは、朝食だけでなく昼にも夜にもアレパを食べる。屋台では焼きたてのアレパが1個数十円で売られ、高級レストランでもアレパのアレンジメニューが出る。つまり、アレパとは単なるパンではない。ベネズエラという国のアイデンティティそのものだ。

ベネズエラの国民食アレパ。トウモロコシの平焼きパンに具材を挟んで食べる
トウモロコシの粉から作るアレパ。チーズや黒豆、アボカドなど、挟む具材は家庭ごとに異なる

三大陸の記憶が一皿に混ざり合う国

ベネズエラの食を語るうえで欠かせない料理がもう一つある。「パベジョン・クリオージョ」だ。牛肉の細切り煮込み、黒豆、白いご飯、そして揚げバナナ。この4つがワンプレートに盛られた、いわばベネズエラの「定食」である。

この一皿の構成要素を見れば、ベネズエラの歴史が透けて見える。牛肉はスペインの植民者が持ち込んだ食文化。黒豆はアフリカから連れてこられた人々が広めたとされる食材。そして米とバナナは、先住民が育んできた農耕の恵みだ。三大陸の記憶が、一枚の皿の上で混ざり合っている。

パベジョン・クリオージョの「クリオージョ」は、スペイン語で「土地の」「地元の」を意味する。つまり「この土地に生まれた料理」。異なるルーツを持つ人々が同じ大地で暮らすうちに、自然と生まれた味だ。融合という言葉を使うのは簡単だが、そこには数百年の時間と無数の食卓がある。

揚げバナナという存在も、日本人には新鮮だろう。ベネズエラで使われるのは「プラタノ」と呼ばれる調理用バナナで、日本のスーパーに並ぶ甘いバナナとは別物だ。熟す前は芋のようにホクホクしていて、完熟すると甘みが増し、油で揚げるとカラメルのような香ばしさが出る。これが黒豆の塩気と不思議なほど合う。

日本の定食が「一汁三菜」という美学で成り立っているように、パベジョン・クリオージョにも「肉・豆・米・バナナ」という黄金比がある。文化が違っても、「一皿の中にバランスを求める」という感覚は人類共通なのかもしれない。

カカオの原点が南米にあることを、チョコ好きは知っているか

ベネズエラは世界有数のカカオ産地だ。しかも、ただの産地ではない。カカオには大きく3つの品種があるが、そのなかで最も希少で風味豊かとされる「クリオロ種」の原産地が、まさにベネズエラなのだ。チョコレートの歴史を辿れば、すべての道はこの国に通じる。

特に世界のショコラティエが熱い視線を注ぐのが、カリブ海に面した小さな村「チュアオ」のカカオだ。チュアオ村へは陸路ではたどり着けない。船で行くしかない。その地理的な隔絶が、外来種との交配を防ぎ、純粋なクリオロ種を守ってきた。チュアオ産カカオは年間生産量がごくわずかで、世界の高級チョコレートブランドが争奪戦を繰り広げる。

近年、世界的に広がっている「Bean to Bar」(カカオ豆からチョコレートバーまでを一貫して手がける)ムーブメントの中でも、ベネズエラ産カカオの評価は極めて高い。フルーティーな酸味、ナッツのような香ばしさ、花のようなアロマ——クリオロ種にしか出せない繊細な風味がある。日本のクラフトビール文化が「原材料の個性」を追い求めるように、チョコレートの世界でもカカオ豆の産地と品種が語られる時代になった。

ベネズエラの人々にとって、カカオは単なる輸出品ではない。カカオの実をそのまま割って、中の白い果肉(パルプ)をおやつとして食べる文化もある。日本人がカカオと聞けば茶色い粉を思い浮かべるが、現地の子どもたちにとってカカオは「白くて甘酸っぱい果物」なのだ。

世界のカカオ生産量の約70%はアフリカが占めている。しかし「カカオの起源」は南米であり、品質において頂点に立つのはベネズエラだ。次にチョコレートを口にするとき、この事実を思い出してほしい。あなたが噛み砕いているその一欠けらの遠い祖先は、カリブ海を望む小さな村で実っていたのだ。

ベネズエラ産カカオ。世界最高峰のクリオロ種の産地として知られる
ベネズエラは最高級カカオ「クリオロ種」の原産地。チュアオ村のカカオは世界中のショコラティエが求める

野球と食は、どこの国でもセットなのか

ベネズエラの国技は、サッカーではない。野球だ。冬になるとプロ野球リーグ「リーガ・ベネソラーナ・デ・ベイスボル・プロフェシオナル」が開幕し、国中が熱狂する。MLB(メジャーリーグ)に所属するベネズエラ出身選手は常時60人を超え、歴代では通算3000安打を達成したミゲル・カブレラ、身長168cmで2度のMVPに輝いたホセ・アルトゥーベなど、殿堂入り級のスター選手を数多く輩出してきた。

ベネズエラの球場に行くと、スタンドのあちこちでアレパを頬張るファンの姿がある。売り子が熱々のアレパを抱えて階段を上り下りする光景は、日本の球場でビールの売り子が駆け回る姿と重なる。国は違えど、「球場で食べる」という幸福の形は同じだ。

日本の球場では、ビールにカレー、焼きそば、弁当。アメリカならホットドッグにナチョス。ベネズエラではアレパにテケーニョ(チーズを包んだ揚げ春巻きのような軽食)。どの国でも、野球と食は切り離せない。バットが快音を響かせる瞬間、手に持っていた食べ物の味がぐっと濃くなる。あの感覚は、万国共通なのだろう。

WBCは、ベネズエラにとっても国民的なイベントだ。普段はMLBの各チームに散らばっている自国のスター選手たちが、ベネズエラの国旗の下に集結する。その姿に国民は熱狂し、街中のテレビが試合を映し出す。日本で侍ジャパンの試合にかじりつくのと、まったく同じ構図がカラカスでも繰り広げられている。

考えてみれば、WBCとは「野球を通じて他国の文化に触れるチャンス」でもある。対戦相手の名前を知り、その国がどこにあるかを地図で確認し、そして——その国の食卓を想像してみる。それだけで、試合の見え方が少し変わるのではないだろうか。

野球場のスタンドで、ベネズエラ人はアレパを頬張り、日本人はビールを飲む。何千キロも離れた二つの国が、「スポーツと食」という同じ幸福の形を持っている。WBCの本当の面白さは、スコアボードの向こう側にある。

経済が崩壊しても、アレパは消えなかった

2010年代後半、ベネズエラは未曾有の経済危機に陥った。ハイパーインフレーションが通貨を紙切れに変え、スーパーの棚から食料品が消えた。国連の報告によれば、2019年時点でベネズエラ国民の約3分の1が食料不安の状態にあった。国外に逃れた人は700万人を超えたとされる。

アレパの原料であるトウモロコシ粉「アリナP.A.N.」も店頭から姿を消した時期がある。闇市場では通常の何倍もの価格で取引された。それでも、ベネズエラの人々はアレパを作ることをやめなかった。手に入る粉で、手に入る具材で、形を変えながらもアレパを焼き続けた。

国外に避難したベネズエラ人たちも、移住先でアレパの屋台を開いた。コロンビアのボゴタ、ペルーのリマ、アメリカのマイアミ。世界各地にベネズエラのアレパ屋が生まれている。母国を離れても、毎朝焼くパンだけは変えられない。食文化とは、そういうものだ。

経済危機の話題を深掘りするつもりはない。ただ、一つだけ伝えたいことがある。どんなに苦しい状況でも、人は食文化を手放さないということだ。お金がなくなっても、家を失っても、国を離れても——毎朝トウモロコシの粉を練って焼く。その手の動きだけは、誰にも奪えない。

日本にも似たような記憶がある。戦後の焼け野原で、人々は何とか米を炊き、味噌汁を作った。震災の避難所で、おにぎりが握られた。食は生存のための手段であると同時に、人間の尊厳そのものでもある。ベネズエラのアレパもまた、そうした「消えない食」の一つだ。

次にWBCを観るとき、対戦国の朝食を調べてみてほしい

WBCの試合は、数時間で終わる。勝敗はスコアボードに刻まれ、やがて記録の一部になる。でも、その試合をきっかけに知った「ベネズエラのアレパ」の記憶は、次にチョコレートを食べるとき、次にトウモロコシを見かけるとき、ふとよみがえるかもしれない。

対戦国の食文化を知るということは、相手に興味を持つということだ。興味を持てば、敬意が生まれる。敬意があれば、勝っても負けても、試合の味わいが変わる。スポーツの国際大会とは、本来そういうものではないだろうか。

ベネズエラの朝は、アレパの香ばしい匂いで始まる。パベジョン・クリオージョの一皿には、三大陸の歴史が凝縮されている。カリブ海沿いの小さな村では、世界最高のカカオが実っている。そして球場のスタンドでは、アレパを片手に声を枯らすファンがいる。

次にWBCを観るとき、少しだけ試してみてほしい。対戦国の名前を検索エンジンに入力して、「朝食」と付け加えるだけでいい。スコアの向こう側に広がる食文化を知れば、WBCは2倍面白くなる。約束する。

そしていつか機会があれば、アレパを自分の手で焼いてみてほしい。トウモロコシの粉と、水と、塩。それだけで作れる。きっと、テレビの向こうのベネズエラが、少しだけ近くなるはずだ。

KOTOHAREの視点:WBCの対戦国を「食」で知る。ベネズエラの朝食アレパは、おにぎりのように国民の手で握られ続けてきた主食であり、経済危機の中でも消えなかった「魂の食」だ。三大陸の文化が融合したパベジョン・クリオージョ、世界最高峰のクリオロ種カカオ、球場で頬張るアレパ——対戦相手の食卓を想像するだけで、スポーツの国際大会は何倍も味わい深くなる。