ラーショことラーメンショップは、たぶん日本でいちばん見かけるのに、いちばん正体を知られていないラーメン屋だ。
国道沿いを車で走っていると、ふいに視界の端に入ってくる。赤地に、白い太いゴシック体で「ラーメンショップ」。両端に「うまい」「うまい」。あの看板を一度も見たことがない、という人はたぶんいない。
ところが、である。筆者は北関東の国道沿いで食べた一杯と、しばらくして別の県の幹線道路沿いで食べた一杯が、まるきり別の店の味だったことがある。片方はスープが白く濁って背脂が浮き、片方は醤油の輪郭がはっきりしていた。メニューの並びも、卓上に置かれた調味料の顔ぶれも違う。同じ看板の下で、である。
チェーン店とは本来、どこで食べても同じ味が出てくる仕組みのことだ。それが客への約束であり、売り物でもある。なのにラーショは、その約束を守っていない。この違和感を追いかけたら、思っていたより深く、そして思っていたよりも「誰にも分かっていない」話に行き着いた。
これは何か。3行で言うと
東京都大田区羽田の椿食堂管理有限会社を本部とする、ラーメン店のフランチャイズチェーン。
ただし一般的なチェーンと違い、店ごとにメニューも味も大きく異なる「緩やかな連合体」に近い。
そして、その全体像は本部が語らないため、誰にも確定できていない。
最後の一行が、この記事の主題だ。先にお断りしておくと、この記事には「〜と言われている」「〜とされる」という書き方が異様に多い。ごまかしているのではなく、そう書くしかないからだ。ラーショは、確かな一次資料がほとんど存在しないまま全国に広がった、珍しいチェーンなのである。
基本スペック——確かなものと、不確かなもの
| 本部 | 椿食堂管理有限会社(東京都大田区羽田1丁目3番7号)。国税庁の法人番号は3010802009474 |
|---|---|
| 商標 | 「ラーメンショップ」は商標登録番号 第4650026号として登録されている、と各所で紹介されている(※内容は確認できていない。後述) |
| 店舗数 | 2014年時点で本州・四国・九州に300店舗以上とされる。現在の正確な店舗数は本部が公表しておらず、不明 |
| 看板メニュー | ネギラーメン |
| ジャンル | 「東京豚骨ラーメン」とも呼ばれる、醤油ラーメン(東京ラーメン)の豚骨ダシを濃厚にしたもの |
| 看板 | 赤地に白のゴシック体。両端に「うまい」の2文字 |
| 主な立地 | 国道・幹線道路沿い |
| 分布 | 関東、とくに北関東(茨城・栃木・群馬・埼玉)に濃い |
| 営業形態 | 早朝から開ける店が多い。昼にライスを無料で出す店もある(全店ではない) |
※ 本部の社名・所在地・法人番号は、国税庁の法人番号公表サイトのデータ(経済産業省gBizINFO等で参照できる)による。トップの写真に写る看板の「加盟店募集 TEL 03-3744-5007」という電話番号と、羽田の店で使われている業務用「生にんにく」ボトルに刷られた「椿食堂管理(有)/東京都大田区羽田1-3-7」という表示は、この登記情報と一致する。一方、店舗数「2014年時点で300店舗以上」はウィキペディアの記述が広く引かれているもので、元の調査主体を確認できなかった。現在の店舗数を公表している一次情報は見つからない。
なぜ、同じ看板で味が違うのか
ここがこの記事の核心だ。答えは拍子抜けするほど単純で、しかも構造的である。
椿食堂管理グループは本部として、麺、スープの素、タレ、丼鉢、生にんにくといった材料や什器を製造・供給している。ここまでは普通のフランチャイズと変わらない。違うのはこの先だ。加盟店には、本部から全ての食材を買う義務がない。
この一点が、すべての多様性を生んでいる。麺は本部のものを使うが、スープは自分で炊く店。タレだけ本部から取って、あとは独自に組み立てる店。味噌や辛味を足して独自メニューを増やす店。どれもルール違反ではない。そういう設計なのだ。
報じられている範囲では、本部は月々のロイヤリティを取っていない。収益は、本部が売る材料や什器に少し乗せた分だという。ある店主は取材に「材料にしても本部から『これを使って』と言われたことは一度もない」と答えている。仕入れは電話注文だけで、月次の報告義務もない、とも。
統制が緩いのではなく、統制しない設計になっている。看板は共有するが、味は共有しない。そう考えると、ラーショのバラつきは失敗ではなく仕様だ。
白状すると、筆者はこの構造を知るまで、店ごとの味の違いを「本部の管理が行き届いていないのだろう」くらいに受け取っていた。まるで見当違いだった。均質さを配らないかわりに、ロイヤリティも取らない。それは少なくとも、一つの筋が通った商売のかたちである。
なぜ、国道沿いばかりにあるのか
ラーショのルーツは、東京都大田区羽田の産業道路沿いにあった「椿食堂」という店だとされている。現在この場所は「GOOD MORNING ラーメンショップ」として営業しており、1号店にあたると紹介されることが多い。冒頭の写真の店が、それだ。
ここから先は、慎重に書く必要がある。創業年は分かっていない。1960年代後半に屋台から始まった、と書いている個人ブログやnoteは複数あるが、いずれも伝聞で、本部の公表した記録に行き当たらない。「羽田トラックターミナル」の近くで始まった、という説明もよく見かけるが、公共のトラックターミナルとしてその名の施設は確認できなかった。この界隈でそれに当たるのは、大田区平和島の京浜トラックターミナル(1968年6月に供用開始)だろう。
それでも、確かなことが一つある。羽田も平和島も、当時から今に至るまで、長距離トラックが行き交う土地だということだ。運転手の胃袋を相手にする商売なら、店は幹線道路沿いに出るのが理にかなっている。そして客が動くのは夜明け前だから、店も早く開ける。
今もラーショに早朝営業の店が多く、地域によっては「朝ラー」の定番になっているのは、その名残だと言われている。立地の理由と創業の理由が、そのまま直結しているわけだ。ちなみに開店時刻は店ごとにばらばらで、5時台・6時台に開ける店もあれば、昼前からの店もある。ここでも統一されていない。
なぜ、本部は半世紀も黙っているのか
椿食堂管理有限会社は、創業者の意向により一切の取材を受けていない——と、複数のメディアが書いている。実際、公式サイトは存在せず、設立年も、契約書の中身も、加盟店の総数も、公式には一度も語られていない。300店舗以上を展開する全国チェーンでありながら、である。
その徹底ぶりは、商標のあたりにも表れている。「ラーメンショップ」は商標登録番号 第4650026号として登録されている、という記述が、ウィキペディアをはじめ多くの場所で引かれている。ところが筆者が確認できた範囲では、この番号の登録内容そのものにはたどり着けなかった。むしろ2023年に弁理士が公開した調査記事は、権利者名「椿食堂管理有限会社」で検索して出てきた登録商標は1件だけで、しかもその指定商品は「微生物を利用した排水処理剤」だった、と書いている。ラーメンではない。
この二つが同じ登録を指しているのかどうかも、筆者には確認できていない。分かるのは、これだけ知られた看板なのに、その権利関係すら外からは判然としない、ということだけだ。実際、近年は「ラーショ」の呼称を別の第三者に商標登録され、長年その名で営業してきた店が屋号を変えた、という出来事も起きている。
なぜ黙っているのか。本当のところは、本人たちが語らない以上、誰にも分からない。ただ、こういう見方はできる。本部が何も言わないからこそ、各店は自分の判断で味を動かせる。逆に、本部が語りはじめた瞬間に「正しいラーショの味」が生まれてしまい、300の店はその基準で測られることになる。沈黙と自由は、案外セットなのかもしれない——これはあくまで筆者の推測であって、根拠のある話ではない。
ネギラーメンという発明と、「クマノテ」という謎
味がこれだけばらけていても、ラーショの顔と言えば、やはりネギラーメンだ。豚骨と醤油を合わせた濃いスープに、細く切ったネギをごま油などで和えて山にして載せる。ネギの香りとスープの脂が混ざる瞬間が、この一杯のいちばんおいしいところだと思う。
そのネギの味を決めているのが、「クマノテ」と呼ばれる調味料である。本部から供給される品で、これを外すとラーショの味にならない、と店主が語っている記事もある。
ではクマノテとは何なのか。これも公表されていない。成分表示が公になっているわけでもなければ、語源が説明されているわけでもない。前述の取材記事では、店主自身が「成分は分からない」と答えている。使っている本人にも中身が分からないまま、看板の味を支える調味料として半世紀近く配られ続けている。
ネット上にはクマノテの再現レシピがいくつもあり、旨味調味料と醤油、ごま油、おろしにんにくを合わせるといった作り方が紹介されている。ただしそれらはあくまで愛好家の推測であって、正解が公表されたわけではないことは書いておきたい。
家系ラーメンは、ラーショから分かれた枝かもしれない
ここからは、この記事でいちばん面白い——そして、いちばん慎重に扱うべき——話になる。
家系ラーメンの元祖とされる「吉村家」は、1974年(昭和49年)9月、横浜市磯子区杉田に開店した。創業者は吉村実。1948年(昭和23年)に山形県で生まれ、横浜で育った人だ。ラーメン店を開く前は長距離トラックの運転手として、主に関東〜九州間を走っていたという。九州で豚骨を、関東で鶏ガラ醤油を食べ続けた経験が、あの一杯の設計思想になったと語られている。
そして、その吉村氏がラーメンショップで働いてノウハウを身につけたと伝えられている。関東の人が好む醤油味と、九州の豚骨を掛け合わせる。この発想が、のちに家系ラーメンになった——という筋書きだ。
もしそうなら、いま全国区になった家系は、ラーショという親から分かれた枝ということになる。系譜としてはかなり劇的な話だ。
ただし、ここは念を押しておきたい。この経緯には諸説あり、細部が食い違っている。修業先を「平和島の京浜トラックターミナルにあったラーメンショップ」とする記述があれば、「1号店の前身である椿食堂に勤めていたと言われている」とする記述もある。期間も「半年」とするものと「3年」とするものがある。いずれも本人や関係者の証言をもとに語られているもので、契約書や社史のような資料で裏づけられているわけではない。
つまり「吉村実がラーショ系の店で豚骨と醤油の掛け合わせを学んだらしい」という骨格は広く共有されているが、いつ、どこで、どれくらい、という肉づけの部分は確定していない。この記事は、そこまでしか言わないでおく。
ちなみに、一杯の出自をたどると見え方が変わるのは、ラーショに限った話ではない。札幌の純すみ系も、一人の女性が立てた湯気から半世紀かけて枝を広げた系譜だった。ラーメンという食べ物は、やたらと家系図が似合う。
分かっていることと、分かっていないこと
この記事を書きながら、何度も同じ壁に当たった。だから最後に、線を引いておきたい。
確かめられたこと。本部が椿食堂管理有限会社という実在の法人で、東京都大田区羽田1丁目3番7号にあること。羽田の店の卓上に置かれた生にんにくのボトルに、その住所と電話番号が刷られていること。看板に「加盟店募集」の電話番号が書かれていること。吉村家が1974年に横浜で創業し、創業者が吉村実であること。京浜トラックターミナルが大田区平和島にあり、1968年に供用が始まったこと。
確かめられなかったこと。チェーンの創業年。契約の正式な形態。現在の店舗数。商標登録第4650026号の中身。クマノテの成分と語源。吉村実がラーショで働いた場所と期間。そして、なぜ本部が沈黙しているのかという、いちばん知りたい理由。
全国に300以上の看板を掲げながら、この後者のリストが埋まらない。それがラーショという存在の、いちばん奇妙で、いちばん魅力的なところだと思う。
不均質であることが、生き延びる理由だった
チェーン店とは、どこで食べても同じ味であることに価値を置く仕組みだ。ラーメンショップは、その原則を半分だけ守り、残りの半分を各店に委ねた。看板と、麺と、タレと、丼鉢は共有する。スープの濃さも、メニューの並びも、開店時刻も委ねる。
だから同じ赤い看板の下から、店ごとに違う一杯が出てくる。均質さを求める人には不便な話かもしれない。けれどその不均質こそが、半世紀にわたって国道沿いで生き延びてきた理由なのではないか。景気が悪くなっても本部に払う金がない。地元の客に合わせて味を動かせる。店主が変われば味も変わるが、看板は残る。強い仕組みというより、しぶとい仕組みだ。
次に国道沿いであの赤い看板を見つけたら、ぜひ入ってみてほしい。そして、前に別の店で食べた一杯と違っても、驚かないでほしい。違うのが正しいのだから。
どこで食べられるか:全国の国道・幹線道路沿いを中心に分布し、とくに北関東(茨城・栃木・群馬・埼玉)に多い。ただし店ごとに営業時間もメニューも定休日も異なり、閉店・移転も少なくない。訪ねる前に、その店の最新情報を必ず確認してから向かってほしい。
参考
- — 国税庁 法人番号公表サイトのデータ(経済産業省 gBizINFO で参照)「椿食堂管理有限会社」
- — 現代ビジネス「『ラーメンショップ』が不死身なワケ…強さの秘訣は“ユルさ”だった」(刈部山本、2020年3月4日)
- — マネーポストWEB(週刊ポスト)「『ラーショ』の味を決める調味料クマノテ 店主も『成分は分からない』」(2021年8月25日)
- — 前川知的財産事務所 note「ラーメン知財を考えさせられる『ラーショ』商標登録と『インスパイア』されたネギラーメン」(弁理士 砥綿洋佑、2023年7月26日)
- — 日本自動車ターミナル株式会社「京浜トラックターミナル」施設案内
- — ウィキペディア「ラーメンショップ」「吉村家」(各記事が引く東京新聞2023年1月4日朝刊、日経BP2003年7月15日の記述を含む)