「ご自愛ください」の正体

メールの末尾に「どうぞご自愛ください」と書いたことがある人は多いだろう。季節の変わり目、年度末の忙しさ、花粉、寒暖差。日本人は一年中「ご自愛」を贈り合っている。

ところで、3月25日が「ご自愛の日」であることをご存じだろうか。2017年に日本記念日協会に認定された、れっきとした記念日だ。「自分を大切にすること=ご自愛の大切さをさらに多くの人に広める」ことを目的に制定された。

ご自愛——。自分を大切にすること。現代では、入浴剤を入れた湯船に浸かること、好きな映画を観ること、少し高いチョコレートを買うことが「ご自愛」と呼ばれる。SNSでは「#ご自愛」のタグで、キャンドルやアロマや美容液の写真が並ぶ。

だが、もともとの「ご自愛」は、もっと地味で、もっと根源的なものだった。

味噌汁。粥。甘酒。漬物。出汁——。

日本人は何百年も前から、「食べることで自分を整える」という習慣を持っていた。現代のセルフケアブームのはるか先に、日本にはすでに「養生」という文化があった。そしてその中心には、いつも食卓があった。

300年前のベストセラーが教える「食のご自愛」

1712年。江戸時代の中期に、一冊の本が出版された。『養生訓』。著者は福岡藩の儒学者、貝原益軒。83歳のときに書いた本だ。

当時の平均寿命は40歳を下回っていた時代に、益軒は85歳まで生きた。最期まで認知症にも寝たきりにもならず、妻と旅を楽しみ、生涯で98部240巻の著作を残した。まさに「養生を体現した人物」だった。

『養生訓』は難解な医学書ではない。庶民向けの健康実用書だ。食事のこと、睡眠のこと、心の持ちようのこと。身体の養生だけでなく、心の養生も説いている。それが300年以上読み継がれてきた理由だろう。

そして、8巻にわたる『養生訓』の中で、もっとも多くのページを割いているのが「食」の話だった。

益軒の食の教えは、驚くほどシンプルだ。

「腹八分目にせよ」。「旬のものを食べよ」。「淡味(あっさりした味)を好め」。「食後はすぐ横にならず、数百歩歩け」。

派手な食材も、特別なレシピも出てこない。ただひたすら、「食べすぎるな」「体に合ったものを食べろ」「食を楽しめ」と繰り返す。そしてこう書いている——「食は命を養うものであり、人生でいちばん大事なものである」と。

ここに「ご自愛」の原点がある。高価なサプリメントでも、話題のスーパーフードでもない。毎日の食卓を丁寧にすること。それが300年前の日本人にとっての「自分を大切にする方法」だった。

貝原益軒と養生訓——300年前の日本人が教える「食のご自愛」
貝原益軒と養生訓——300年前の日本人が教える「食のご自愛」

味噌汁は、日本最古の「ご自愛ドリンク」だった

日本人のご自愛を語るうえで、味噌汁を避けて通ることはできない。

味噌の歴史は1300年以上。飛鳥時代に中国から伝わったとされる味噌は、もともとは「そのまま食べる」高級品だった。鎌倉時代にすり鉢が普及すると、粒味噌をすり潰して湯に溶かす「味噌汁」が生まれた。武士の食事の基本「一汁一菜」が確立したのもこの頃だ。

味噌汁が庶民の食卓に広がったのは室町時代以降。農民が自家製の味噌を仕込むようになり、「手前味噌」という言葉が生まれた。味噌汁はいわば、自分で作った調味料で、自分を養うための一杯だった。

栄養学が存在しなかった時代に、日本人は味噌汁の力を経験的に知っていた。大豆のタンパク質、塩分の補給、発酵食品の整腸作用。戦国武将たちが味噌を軍事物資として重視したのも、それが「兵の命を養う」ものだと知っていたからだ。伊達政宗が仙台に味噌工場を作った話は有名だ。

現代の科学は、味噌汁の力を少しずつ裏付けている。大豆イソフラボン、発酵由来の乳酸菌、必須アミノ酸。味噌は「食べる(飲む)薬」として、日本人の健康を支えてきた。

つまり、味噌汁は日本最古の「ご自愛ドリンク」だったのだ。

甘酒は江戸の「飲む点滴」だった

味噌汁と並ぶ、もうひとつの養生食がある。甘酒だ。

甘酒の歴史は古い。日本書紀に記された「天甜酒(あまのたむざけ)」がそのルーツとされる。平安時代にはすでに宮中で飲まれていた。

甘酒が「養生」として本格的に広まったのは江戸時代だ。夏の暑さで体力が落ちた庶民にとって、甘酒は手軽な栄養補給源だった。俳句の世界では「甘酒」は夏の季語。冬の飲み物というイメージがあるかもしれないが、江戸時代には夏バテ対策として飲まれていたのだ。甘酒売りは夏の風物詩で、幕府が庶民の健康を守るために価格を安く統制していたという記録もある。

現代では「飲む点滴」と呼ばれる甘酒。その栄養成分——ブドウ糖、必須アミノ酸、ビタミンB群、オリゴ糖——は、病院で使われる点滴とほぼ同じ構成だ。江戸の人々は「点滴」という言葉を知らなかったが、甘酒が弱った体を回復させることを、身体で知っていた。

甘酒には米麹から作る「麹甘酒」と、酒粕から作る「酒粕甘酒」の二種類がある。いわゆる「飲む点滴」は麹甘酒のほう。アルコールを含まず、麹菌の力で米のデンプンが糖化され、自然な甘みが生まれる。子どもからお年寄りまで飲める、日本が生んだエナジードリンクだ。

味噌汁が「食事」としてのご自愛なら、甘酒は「おやつ」としてのご自愛。日本人は、食事の中にも間食の中にも、ちゃんと「自分を養う」仕組みを組み込んでいた。

粥、漬物、出汁。地味な養生食の底力

養生食は、味噌汁と甘酒だけではない。

粥(かゆ)。 正月の七草粥を「行事食」だと思っている人は多い。だが、七草粥の起源は養生だ。正月の暴飲暴食で疲れた胃腸を休ませるための一杯。米を水で炊いただけの粥は、消化が良く、体を温め、胃に優しい。病気のときに粥を食べる文化は、「弱った体には粥」という養生の知恵が生活に根づいた結果だ。

漬物。 ぬか漬け、梅干し、沢庵。日本の漬物は「保存食」であると同時に「発酵食品」だ。ぬか漬けには植物性乳酸菌が豊富に含まれ、腸内環境を整える。梅干しにはクエン酸が含まれ、疲労回復に効果があるとされる。「日の丸弁当」のあの一粒は、実は養生の知恵だった。

出汁(だし)。 昆布、鰹節、煮干し。日本料理の根幹をなす出汁もまた、養生食としての側面を持つ。昆布のグルタミン酸、鰹節のイノシン酸——これらのうま味成分は、少ない塩分でも料理をおいしく感じさせる。「減塩」という概念がなかった時代に、日本人は出汁を引くことで、知らず知らずのうちに体に負担の少ない食事を実現していた。

どれも「地味な食べもの」だ。インスタ映えしないし、SNSでバズらない。だが、この地味さこそが、養生食の本質なのかもしれない。毎日食べても飽きない。体に負担をかけない。華やかさはないが、確実に体を支えてくれる。

「養生」が「セルフケア」に変わった日

養生という日本語が、セルフケアという英語に置き換わったのはいつ頃だろう。

2010年代後半から、セルフケア、マインドフルネス、ウェルネスといった言葉が日本でも広まった。ヨガ、瞑想、デジタルデトックス。海外から輸入された概念が、雑誌やSNSを席巻した。

しかし冷静に考えると、日本にはとっくにその文化があった。

腹八分目。旬を食べる。味噌汁を飲む。梅干しを漬ける。粥で胃を休める。甘酒で栄養を補う——。貝原益軒が300年前に書いた「養生訓」の教えは、現代のウェルネスの思想とほぼ重なる。

違うのは、パッケージングだ。「養生」は地味で古くさく聞こえる。「セルフケア」はおしゃれで今っぽく聞こえる。だが中身は同じだ。「自分の心身を、日々の暮らしの中で整えること」。

そして日本の養生には、海外のセルフケアにはない強みがある。食が中心に据えられていることだ。

味噌汁は毎朝飲める。粥は体調が悪い日に作れる。甘酒はコンビニで買える。梅干しは冷蔵庫に入っている。養生食は、特別な準備も知識も要らない。日本人が何百年もかけて磨いてきた、世界でいちばん手軽なセルフケアだ。

今夜、味噌汁を丁寧に作ってみないか

3月25日、ご自愛の日。

アロマキャンドルを灯すのもいい。好きな映画を観るのもいい。少し高いチョコレートを買うのもいい。

でも、もしよければ今夜は、味噌汁を丁寧に作ってみてほしい。

出汁をちゃんと引いてみる。昆布を水に浸けて、鰹節を加えて、漉す。5分もあればできる。その出汁で、いつもの味噌を溶く。具は何でもいい。豆腐とわかめでも、なめことねぎでも、じゃがいもと玉ねぎでも。

一口飲む。

いつもの味噌汁と、何が変わるか。たぶん「少しだけおいしい」と感じるだろう。出汁の力はそういうものだ。劇的に変わるわけじゃない。でも「少しだけ」違う。

その「少しだけ」が、養生だ。「少しだけ」丁寧にすること。「少しだけ」自分に手間をかけること。それが、日本人が何百年も続けてきた「ご自愛」の形だ。

高いサプリは要らない。スーパーフードも要らない。味噌と出汁と、ちょっとした手間があればいい。自分を整えるいちばんの道具は、冷蔵庫の中にもう揃っている。

3月25日は「ご自愛の日」。味噌汁、甘酒、粥、漬物、出汁——日本人はずっと、食で自分を整えてきた。300年前の『養生訓』が教えてくれるのは、「ご自愛」の本質はおしゃれなセルフケアではなく、毎日の食卓を少しだけ丁寧にすることだ、ということ。
KOTOHAREの視点:「ご自愛」は、新しくない。味噌汁も甘酒も粥も、日本人が何百年もかけて磨いてきた「食のセルフケア」だ。3月25日のご自愛の日に、まずは今夜の味噌汁を少しだけ丁寧に作ってみる。それがいちばん日本人らしい「ご自愛」の始め方かもしれない。