スーパーの味噌売り場で、あなたは何を基準に選んでいるか
スーパーの味噌売り場に行くと、棚にずらりと並ぶパック味噌。白味噌、赤味噌、合わせ味噌。「減塩」「だし入り」「有機」。どれも似たようなパッケージで、違いがよくわからない。結局、いつもと同じ味噌を手に取る。あるいは、一番安いものを選ぶ。それが、多くの日本人にとっての「味噌の買い方」だ。
日本人にとって味噌は「あって当たり前」の存在だ。毎朝の味噌汁、味噌漬け、味噌田楽。なのに、自分が使っている味噌がどこで、誰が、どうやって作っているのか、ほとんどの人は知らない。醤油の銘柄にこだわる人はいても、味噌の蔵元を指名買いする人はまだまだ少ないのが現実だろう。
考えてみれば、不思議な話だ。味噌汁は日本の食卓の中心にいる。朝の一杯で目が覚め、疲れた夜の一杯で身体がほっとする。それほど大切な食べ物なのに、私たちはその「出自」にほとんど関心を払っていない。
ここに一つの数字がある。かつて全国に数千あった味噌蔵は、現在では1000を切っている。大手メーカーの大量生産品が市場を占め、地域に根ざした小さな蔵元は年々姿を消している。味噌蔵が一つ消えるたびに、その土地の風土と、何世代にもわたって受け継がれてきた醸造の知恵が、静かに失われていく。
宮城県塩竈市に、1845年(弘化2年)創業の味噌醤油蔵がある。太田與八郎商店。代々「與八郎(よはちろう)」を襲名してきた太田家が、鹽竈神社の門前で180年にわたって味噌と醤油を醸し続けている。従業員は4名。大正14年に建てられた蔵と、昭和4年に建てられた店舗。塩竈市文化景観賞を受賞した美しい建築物の中で、今も手仕事の醸造が続いている。
この蔵が作っているのは「仙台味噌」だ。伊達政宗が城下に味噌工場を建てたことから始まった、400年以上の歴史を持つ赤味噌。日本三大味噌の一つに数えられながら、その来歴を知る人は意外に少ない。
伊達政宗が「味噌工場」を建てた、本当の理由
仙台味噌の歴史は、戦国時代に遡る。
文禄2年(1593年)、豊臣秀吉の朝鮮出兵。伊達政宗も軍を率いて朝鮮半島に渡った。各地から集まった大名たちは、それぞれ兵糧として味噌を持参していた。味噌は当時、単なる調味料ではなく、戦場における最も重要な栄養源だった。米と味噌さえあれば、兵士は戦える。しかし、朝鮮半島の夏の暑さで多くの藩の味噌が腐ってしまった。
そんな中、伊達家の味噌だけは変質しなかった。味も優れていた。「さすが伊達家の味噌」と諸大名の間で評判になり、分け与えを請われたという。戦場で他藩に味噌を分けるという行為は、単なる親切ではない。それは伊達家の「格」を示すことでもあった。
この経験が、政宗に味噌の戦略的価値を確信させた。仙台藩を開くと、城下に「御塩噌蔵(ごえんそぐら)」と呼ばれる味噌工場を建設。城下の老舗商人・真壁屋市兵衛に製造と運営を任せた。これが仙台味噌の始まりであり、日本で最初の「味噌工場」だとも言われている。藩が直轄する味噌蔵を持つということ自体が、当時としては画期的だった。
政宗の先見性はここで終わらない。江戸に常勤する藩士3000人の食糧として、大井の下屋敷にも味噌蔵を設けた。原料の大豆と米は、すべて仙台から海路で運んだ。江戸の庶民がその美味さを噂で聞き、「つてをたどって手に入れる」ほどの人気となった。下屋敷は「味噌屋敷」と呼ばれるようになった。
味噌は単なる兵糧ではなかった。政宗にとって味噌は、藩の経済力と文化の象徴であり、外交のツールでもあった。仙台味噌の名声は、政宗のブランディング戦略そのものだった。「独眼竜」は美食家としても知られ、料理の心得についての書を残したほどだ。食をもって国を治める——その思想が、仙台味噌という文化遺産を生んだ。
なぜ仙台味噌は「腐らなかった」のか——赤味噌の科学
伊達家の味噌が朝鮮の夏でも腐らなかった理由は、仙台味噌の製法そのものにある。
仙台味噌は米麹と大豆で作る辛口の赤味噌だ。最大の特徴は、大豆の比率が高いこと。一般的な米味噌では大豆1に対して米麹1.2〜2.0だが、仙台味噌は大豆1に対して米麹0.5〜1.0。麹の割合が低いぶん、大豆の旨味が凝縮される。この配合こそが、仙台味噌のどっしりとしたコクの源だ。
そして塩分濃度が約12%と高い。京都の白味噌が6%前後であるのに対して約2倍だ。この高い塩分が、雑菌の繁殖を抑え、長期保存を可能にする。「しょっぱい」と感じるかもしれないが、この塩気こそが仙台味噌の生命線でもある。塩が微生物の世界に秩序を与え、腐敗ではなく発酵の方向へ味噌を導いていくのだ。
さらに、大豆を「蒸す」工程が重要だ。高温で長時間蒸すことで、たんぱく質が変化し、メイラード反応が強く起きる。これがあの美しい赤褐色を生み、同時に独特の風味を作り出す。白味噌の大豆は「煮る」が、赤味噌の大豆は「蒸す」。たったこの違いが、色も香りも味も全く異なるものにする。
仙台味噌は熟成期間が長い。半年から1年以上かけてゆっくり発酵させる。時間が長いほどアミノ酸が生成され、旨味が深くなる。「出汁いらず」と言われるほど旨味が強いのは、この長期熟成の賜物だ。味噌汁を作るとき、仙台味噌なら味噌だけでしっかり味が決まる。それがどれほど贅沢なことか、他の味噌を使ってみるとよくわかる。
太田與八郎商店の看板商品「銘醸 蔵一番」は、宮城県産の大豆と米を使い、麹歩合8歩(大豆に対する米麹の割合が8割)で仕込む。上品なコクと豊かな香りが特徴だ。大手メーカーの速醸法では数週間で味噌が完成するが、太田屋では今も天然醸造にこだわる。蔵の中で微生物たちが働く時間を、人間の都合で短縮しない。急がせない。それが180年間変わらない、この蔵の流儀だ。
仙台味噌が戦時中に配給味噌の基準製法となったのは、この保存性の高さゆえだ。当時、東京で主流だった江戸甘味噌は米麹を大量に使う贅沢品として禁止された。代わりに全国に広まったのが仙台味噌の製法だった。仙台味噌は日本の味噌文化の基盤を作った存在でもある。
従業員4名の蔵元が、180年続いてきた理由
太田與八郎商店の従業員は4名。店主の太田真さんが製造から販売まで、日々醸造の仕事に携わっている。
1969年山形県生まれの太田さんは、東北学院大学を卒業後、さまざまな職を経験し、結婚を機に太田與八郎商店に入った。いわば「外から来た人」だ。しかし、180年の伝統を受け継ぎながらも、新しい挑戦を続けている。工場体験・見学を受け入れ、オンラインショップを開設し、伝統食と発酵文化を広めるために奮闘中だ。「伝統を守る」と「新しいことに挑む」は矛盾しない。太田さんの姿勢がそれを証明している。
太田與八郎商店のシンボルマーク「イゲタヨ印」は、創業と同時に制定されたものだ。「良い仕込み水に恵まれ、品質の向上が図られること」を願って、井戸の井桁(イゲタ)の中央に、名前の一字「與(与)」を取り入れた。180年前の願いが、今もこの蔵を動かしている。ロゴマークに込められた祈りが、代々の当主に受け継がれてきた。
塩竈という土地も重要だ。奥州一宮・鹽竈神社の門前に位置するこのまちは、東北有数の港町。新鮮な魚介に恵まれた土地で、味噌と醤油は食卓に欠かせない調味料として地元に愛されてきた。太田屋の味噌は、塩竈のまちの食文化そのものなのだ。寿司の街としても知られる塩竈で、魚と味噌は切っても切れない関係にある。
大正14年に建てられた蔵の中に足を踏み入れると、味噌と醤油の香りが混ざり合った独特の空気に包まれる。木の桶、土壁、高い天井。100年の歳月が染み込んだ空間そのものが、醸造の一部になっている。壁や梁に棲みついた微生物が、この蔵だけの味を生み出す。建物を壊せば、その味は二度と再現できない。
全国で味噌蔵が減り続ける中、こうした小さな蔵元が生き残る道は決して平坦ではない。だが、大量生産では出せない味がある。天然醸造でしか生まれない深い旨味がある。そして、180年の歴史という時間は、どんな大手メーカーにも買えないものだ。
次に味噌を買うとき、裏のラベルを読んでみてほしい
次にスーパーで味噌を買うとき、パッケージの裏を見てほしい。
原材料は「大豆、米、食塩」だけか。それとも、調味料やアルコール、保存料が加わっているか。製造者はどこの誰か。天然醸造か、速醸か。ほんの数秒でいい。裏のラベルに目を通すだけで、味噌の世界は驚くほど広がる。
もちろん、どの味噌が「正しい」ということはない。忙しい毎日の中で、手軽なだし入り味噌を使うのも立派な選択だ。朝の5分で味噌汁を作れることの価値は大きい。ただ、たまには少し高い味噌を買ってみてほしい。蔵元の名前がラベルに書いてある味噌を。その一杯は、きっといつもの朝とは違う味がする。
太田與八郎商店の味噌は、オンラインショップで取り寄せできる。「銘醸 蔵一番」は1kg 1,482円(税込)。スーパーの安い味噌の3〜4倍の値段だが、仙台味噌ならではの深い旨味とコクは、味噌汁一杯の体験を変える。少量で味がしっかり出るから、使う量は意外と少なくて済む。結果的に、そこまで割高にはならない。
伊達政宗が400年前に始めた仙台味噌の伝統。それを180年にわたって守り続ける塩竈の小さな蔵元。大正14年の蔵で、4人の手で、今日も味噌が醸されている。大豆が蒸され、麹が育ち、塩と水が加えられ、時間だけが知っている発酵の魔法が、静かに進んでいく。
一杯の味噌汁を、もう少しだけ大切に飲んでみる。それが、日本の味噌文化を「未来に残す」ための、一番身近な方法かもしれない。
味噌汁は毎日飲むものだからこそ、一度だけでいい、「どこの誰が作った味噌か」を意識してみてほしい。その一杯が、180年の蔵を支える力になる。
店舗情報
- 店名
- 太田與八郎商店(おおたよはちろうしょうてん)
- 住所
- 宮城県塩竈市宮町2-42
- TEL
- 022-362-0035
- 営業時間
- 9:00〜17:00
- 定休日
- 日曜・祝日
- 公式サイト
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- 見学
- 工場体験・見学:要予約(公式サイトより)
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