スーパーで買ったその「はちみつ」、どこの国のものか知っていますか
朝のトーストにひとさじ。ヨーグルトにとろり。料理の隠し味に少しだけ。はちみつは日本の食卓に、静かに、でも確かに溶け込んでいる。
スーパーに行けば、棚には何種類ものはちみつが並んでいる。チューブタイプのものから瓶詰めまで、選びきれないほどだ。値段も数百円から数千円まで幅広い。とりあえず安いものをカゴに入れて、それで済ませてしまう人がほとんどだろう。
でも、裏のラベルをじっくり見たことはあるだろうか。原産国の欄に書いてあるのは、中国、アルゼンチン、カナダ、ミャンマー。日本で売られているはちみつの約94%は、海外からの輸入品だ。
国産はちみつの自給率は、わずか6%。あなたが昨日なめたあのはちみつは、ほぼ確実に、海の向こうから来ている。
かつて日本には、もっと多くのミツバチがいて、もっと多くの養蜂家がいた。1985年には全国に約9,000戸の養蜂家がいたとされるが、現在はその数を大きく減らしている。高齢化、後継者不足、そして気候変動。はちみつの「当たり前」は、静かに崩れ始めている。
この記事は、国産はちみつが置かれた現実を知り、その一瓶に込められた物語を味わうためのものだ。
「国産」を選びたくても、どれが本物かわからない
国産はちみつの現状を知ると、多くの人がこう思うんじゃないだろうか。「じゃあ、国産を買えばいいんでしょ?」と。でも、話はそう単純じゃない。
まず、はちみつには「純粋はちみつ」「加糖はちみつ」「精製はちみつ」という3つの分類がある。純粋はちみつは、ミツバチが集めた蜜をそのまま瓶詰めしたもの。加糖はちみつは水あめやブドウ糖果糖液糖を加えたもの。精製はちみつは、加熱処理などで色や香りを取り除いたものだ。
スーパーで500円前後で売られている「はちみつ」の多くは、輸入された精製はちみつや加糖はちみつだったりする。パッケージには小さく書いてあるのだけれど、よほど注意しないと気づかない。なんとなく「はちみつ」と書いてあるから、はちみつだと思って買ってしまう。
一方で、国産の純粋はちみつは一瓶2,000円から5,000円が相場だ。輸入バルク品の4倍から10倍。「え、はちみつってこんなに高いの?」と驚く人もいるだろう。でも、これが本来の価格なのだ。ミツバチが花から花へ飛び回り、一生かけて集める蜜はわずかティースプーン1杯分。その途方もない労力を考えれば、むしろ安すぎるくらいかもしれない。
「国産がいいのはわかった。でも、どこで買えるの?」——その疑問も当然だ。スーパーの棚に国産はちみつが並んでいることは少ない。生産量が限られているから、大手流通に乗りにくい。だから「お取り寄せ」という選択肢が生きてくる。
養蜂家が減り続ける、構造的な理由
国産はちみつの自給率がここまで低い背景には、いくつもの構造的な問題が絡み合っている。
まず、養蜂という仕事そのものの過酷さがある。養蜂家は季節ごとにミツバチの巣箱を移動させる「転飼養蜂」を行うことが多い。春は菜の花やれんげの咲く九州へ、夏はアカシアやクローバーの北海道へ。トラックに巣箱を積んで全国を移動する。体力も時間も、そして資金もかかる。
さらに深刻なのが、ミツバチそのものの減少だ。ネオニコチノイド系農薬の影響や、ダニの寄生、気候変動による開花時期のずれ。これらが複合的にミツバチの群れを弱らせている。「蜂群崩壊症候群(CCD)」と呼ばれる現象は世界中で報告されており、日本も例外ではない。
価格競争も厳しい。中国やアルゼンチンから輸入されるはちみつは、1kgあたり数百円という価格で入ってくる。国産はちみつは同じ量で数千円。品質が違うとはいえ、消費者の多くは「はちみつははちみつでしょ」と、安いほうを選ぶ。養蜂家がどれだけ丁寧に採蜜しても、価格では勝てない。国産ごまが自給率0.1%以下にまで落ち込んだのと、同じ構造がここにもある。
そしてもう一つ。養蜂は「農業」でありながら、土地を持たない仕事だ。花が咲く場所がなければ蜜は採れない。都市開発や耕作放棄地の増加で、ミツバチが飛べる花畑そのものが減っている。養蜂家が減ることは、単にはちみつが減ることだけを意味しない。ミツバチによる花粉媒介がなくなれば、りんご、いちご、メロンなど多くの農作物の生産にも影響が出る。養蜂家を支えることは、日本の農業全体を支えることでもあるのだ。
ミツバチは、はちみつを作るためだけに存在しているわけではない。日本の農作物の約70種類がミツバチの花粉媒介に依存しているとされる。養蜂家が一人減ることは、その地域の農業の未来が一つ欠けることでもある。
一瓶で「土地の花」を味わう。国産はちみつの豊かな世界
暗い話ばかりではない。いま、国産はちみつの世界には静かだけれど確かな変化が起きている。
まず注目したいのが、「単花蜜」と「百花蜜」という二つの楽しみ方だ。単花蜜は、アカシア、みかん、そば、れんげ、クローバーなど、特定の花の蜜だけで採れたはちみつ。百花蜜は、さまざまな花の蜜が混ざり合った、いわば「その土地の風景」が一瓶に詰まったはちみつだ。
アカシアの蜜はクセがなく上品で、料理にも使いやすい。みかんの蜜は柑橘のさわやかな香りがふわりと広がる。そばの蜜は黒褐色で、ミネラルが豊富。独特のコクがあって、好きな人にはたまらない。百花蜜は季節や年によって味が変わる。同じ養蜂家から買っても、去年と今年では味が違う。それが面白い。まるで日本酒の蔵元が土地の水と米で唯一無二の酒を醸すように、養蜂家もまた、その土地の花でしか生まれない蜜を届けてくれる。
若い世代の養蜂家も少しずつ増えてきている。都市養蜂に取り組む人、耕作放棄地を蜜源の花畑に変える人、養蜂体験を通じて食育活動をする人。「はちみつを売る」だけでなく、「ミツバチがいる風景を守る」ことを仕事にする新しい養蜂家たちだ。
お取り寄せの世界でも、産地や花の種類を明記した国産はちみつが増えている。北海道のアカシア、和歌山のみかん、長野のそば、熊本のれんげ。2,000円から5,000円で、その土地の養蜂家が一瓶ずつ手作業で詰めたはちみつが届く。大量生産の輸入品にはない「名前のあるはちみつ」が、いまネット上で静かに支持を広げている。
非加熱・無添加の「生はちみつ」にこだわる養蜂家も多い。加熱処理をしないことで、酵素やビタミン、ミネラルが生きたまま残る。スーパーで買うはちみつとは、口に入れた瞬間の香りの広がり方がまるで違う。一度味わうと、もう戻れないという人もいる。
一瓶の「応援」が、ミツバチの飛ぶ風景を守る
「国産はちみつを買おう」と声高に叫ぶつもりはない。毎日使うものだから、価格が気になるのは当然だ。すべてを国産に切り替える必要もない。
でも、年に一度でいい。お取り寄せで、一瓶だけ国産はちみつを買ってみてほしい。朝のトーストに、いつもとは違うはちみつをひとさじ。その味の違いに驚いてほしい。花の香りが鼻に抜ける瞬間、「ああ、これが本物のはちみつか」と思うはずだ。
その一瓶は、どこかの養蜂家の一年分の仕事を支えている。そしてその養蜂家のミツバチたちは、周辺の果樹園や畑の花粉を運び、農作物の実りを助けている。はちみつを一瓶買うことは、その土地の農業を、風景を、未来を、ほんの少しだけ支えることにつながっている。
自給率6%。この数字は、危機でもあるけれど、可能性でもある。一人ひとりの「選ぶ」という行動が、6%を7%に、8%にしていくかもしれない。大げさなことじゃない。おいしいものを、おいしいと思って買う。それだけのことだ。
次にはちみつを買うとき、ラベルの裏をちらっと見てみてほしい。「国産」と書いてあったら、その一瓶の向こうにいる養蜂家とミツバチたちのことを、少しだけ想像してみてほしい。きっと、いつもより甘く感じるはずだ。