スーパーで見かける野菜は、ほとんどが「F1品種」という事実
スーパーの野菜売り場に並ぶ大根は、どれも同じ形、同じ大きさ、同じ白さだ。にんじんも、きゅうりも、トマトも。まるで工場で作ったように均一で美しい。私たちはその「揃い方」に疑問すら感じない。むしろ形がいびつだったり、色が違ったりするとそれだけで手に取るのをためらう。規格外の野菜は安売りコーナーに追いやられるか、そもそも店頭に並ぶことすらない。
実は、それらの野菜のほとんどが「F1品種(エフワン)」と呼ばれる一代限りの交配種だ。F1とはFirst Filial Generation(雑種第一代)の略で、異なる性質を持つ親を人為的に掛け合わせて作られた種のこと。生育が早く、形が揃い、病気に強く、大量生産に向いている。現代農業にとって欠かせない存在であり、スーパーに並ぶ野菜のほぼすべてがF1品種だ。
一方で、かつて日本各地で当たり前に栽培されていた「在来種」「固定種」と呼ばれる野菜がある。農家が何世代にもわたって種を採り、その土地の気候や風土に適応させてきた野菜だ。大根だけで150種以上、全体では1200種を超えるとも言われる。京野菜、加賀野菜、江戸東京野菜——こうしたブランド名で知られるものは、在来種のほんの一部にすぎない。名もなき在来種は、各地の農家の畑の隅で、ひっそりと受け継がれてきた。
問題は、その在来種が消えつつあるということだ。1965年頃を境に、在来種は大消費地向けの市場から姿を消した。効率化と均質化を求める時代の中で、形が不揃いで、大量生産に向かず、旬の時期にしか採れない在来種は、流通のシステムから弾き出されていった。スーパーの棚に並ぶためには「規格」を満たす必要がある。大きさ、重さ、色、形——すべてが基準内に収まらなければならない。在来種は、その基準に合わなかった。
今、国内で流通する野菜のうち、在来種・固定種は1%にも満たないと言われている。かつて数千あった品種の多くが、すでにこの世から消えた。そして今も、採種農家の高齢化とともに、毎年のように品種が失われ続けている。私たちが「野菜」だと思って食べているものは、野菜の世界のほんの一部——もっとも画一的な一部にすぎない。
「野菜なんてどれも同じ」という誤解
「大根は大根でしょ?」「にんじんはどれも同じ味でしょ?」
そう思っている人は多い。無理もない。スーパーに並ぶ大根は、全国どこでも同じ「青首大根」だ。にんじんもほとんどが西洋種のオレンジ色。品種名を気にする人はほとんどいない。りんごや米には「ふじ」「コシヒカリ」といった品種名があるのに、大根やにんじんにはそれがない。あるいは、あっても消費者には見えない。
だが、在来種の世界は全く違う。
たとえば大根。シードバンク(植物の種子を収集・貯蔵する施設)には、1275種もの大根の種が保存されている。大根だけで150種以上ある国は、世界でも日本だけだという。赤い大根、黒い大根、丸い大根、長さが1メートルを超える大根。辛みが強いもの、甘みが際立つもの、煮崩れしにくいもの。それぞれの大根には、その土地の気候と食文化が染み込んでいる。練馬大根はたくあん漬けのために細長く育てられ、聖護院大根は京都の千枚漬けのために丸く大きくなった。桜島大根は火山灰の大地で世界最大級に育ち、守口大根は奈良漬けのために細く長く伸びた。
在来種の野菜は、味が濃い。個性が強い。かぼちゃの古来種は、品種改良された現代のかぼちゃと違って甘くない。漢字で「南瓜」と書くように、もともとは瓜の仲間であり、素朴で力強い味がする。にんじんの東洋種は、現代の西洋種に比べて細長く、香りが強く、色も深い赤紫だ。金時にんじんを正月の煮物に使う関西の食文化は、東洋種のにんじんがあってこそ成り立っていた。
「野菜なんてどれも同じ」という感覚は、F1品種が画一化した結果にすぎない。かつての日本人は、地域ごとに異なる野菜を食べ、その野菜に合った調理法を持ち、季節の移り変わりを野菜で感じていた。春の菜花、夏の地きゅうり、秋の地かぼちゃ、冬の地大根。その豊かさが、いつの間にか失われていたことに、多くの人は気づいていない。
効率化のために失われた、地域固有の品種——種の多様性の危機
在来種が消えていった背景には、日本の食と農業の構造的な変化がある。
戦後、日本は飢餓の時代を経て、1950年代に食糧の安定供給を実現した。その頃はまだ、各地で在来種が当たり前に栽培されていた。農家は毎年、畑の中から出来のいい株を選び、種を採り、翌年にまく。それを何十年、何百年と繰り返す中で、野菜はその土地の気候風土に適応していった。だが、高度経済成長期に入ると状況が一変する。
農村から都市への大量の人口移動が起きた。大都市に住む人口を養うために、野菜には「定時・定量・定質」が求められるようになった。どこでも、誰でも栽培でき、形が揃い、大量に出荷できる品種。それを可能にしたのがF1品種だった。
F1品種は、異なる親を掛け合わせることで「雑種強勢」が生まれ、生育が早く、収量が多く、形が均一になる。農家にとっては、少ない労力で多くの収穫が得られる。流通業者にとっては、規格が揃って箱詰めしやすい。消費者にとっては、いつでも同じ品質の野菜が手に入る。全員にとって都合が良かった。誰も悪意を持ってはいなかった。ただ、全員が少しずつ「便利」を選んだ結果、在来種の居場所がなくなった。
だが、その代償として失われたものがある。多様性だ。
F1品種は一代限りの種だ。収穫した野菜から種を採っても、親と同じ性質の野菜はできない。農家は毎年、種苗会社から種を購入する必要がある。自家採種の文化が途絶え、種は「買うもの」になった。そして、昔ながらの種を守り続けていた採種農家が高齢化し、引退し、種が途絶える。
ある固定種専門の種屋は語る。「毎年、FAXで注文しても来ない種がある。連絡すると『採種農家がやめたのでもうありません』と言われる」。種が消えるとは、そういうことだ。ひっそりと、誰にも気づかれずに、ある日突然「もうありません」と告げられる。一度消えた品種は、二度と取り戻せない。それは植物の絶滅と同じことだ。
さらに深刻なのは、品種の画一化がもたらすリスクだ。全国の畑で同じF1品種を栽培するということは、何らかの環境変化や新しい病害が発生したとき、一斉に全滅する可能性があるということだ。1840年代のアイルランドで起きたジャガイモ飢饉は、単一品種への依存がもたらした悲劇だった。遺伝的多様性は、種の存続のための保険だ。その保険が、年々薄くなっている。
在来種を守ることは、食の選択肢を守ること
在来種は、ただの「昔の野菜」ではない。遺伝資源としての価値がある。
在来種は長い時間をかけてその土地の気候・風土に適応してきた。病害虫への抵抗性や、特定の環境で育ちやすい性質を持っているものも多い。気候変動が進む中で、将来の品種改良の素材として、在来種の遺伝子は極めて重要だ。今はまだ必要とされていなくても、50年後、100年後に必要になるかもしれない。その可能性を潰してしまうのが、品種の絶滅だ。
復活の兆しもある。1980年代半ばから「地産地消」の動きが広がり、2013年に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されたことで、地域の伝統野菜が見直されるようになった。京野菜、加賀野菜、浪速の野菜、信州の伝統野菜、長岡野菜、会津野菜——各地で「うちにもこんな宝物があった」という掘り起こしが進んでいる。埋もれていた在来種に光が当たり、地域のブランド野菜として再び栽培が始まるケースも増えている。
農業生物資源ジーンバンク(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)は、47都道府県の在来品種309品種の情報をデータベースで公開している。これは保全の取り組みの一つだが、309という数字は氷山の一角にすぎない。データベースに載っていない在来種が、全国の畑や家庭菜園の中に、まだ無数に眠っている。
「warmerwarmer」という古来種野菜専門の八百屋を営む高橋一也さんは、全国の生産者をつなぎ、種を守る活動を続けている。「種市」というファーマーズマーケットを開催し、生産者と消費者のネットワークを作っている。高橋さんはこう語る。在来種の野菜は和食にすっと馴染む。焼いて、蒸して、茹でるだけでおいしい。それは当然だ。日本の風土が何百年もかけて育てた野菜なのだから。派手な調理をしなくても、素材そのものに力がある。その力を知ると、「野菜ってこんなに味が違うのか」と驚くはずだ。
在来種を守るために、消費者にできることは意外とシンプルだ。まず「知る」こと。自分の地域にどんな伝統野菜があるか調べてみる。直売所や道の駅で見慣れない野菜を見つけたら、手に取ってみる。食べチョクなどの産直通販サイトで、在来種を育てている農家から直接買うこともできる。固定種の種を買って、家庭菜園で育ててみるのもいい。野口のタネのような固定種専門の種苗店から種を取り寄せれば、自分の庭やベランダが小さな遺伝子バンクになる。その小さな畑が、種の未来を守る一歩になる。
あなたの地元にも、まだ知らない「宝の野菜」があるかもしれない
日本は、野菜の多様性において世界でも稀有な国だ。
大根だけで1275種の種がシードバンクに保存されている国。それぞれの地域に、何百年もかけて風土に適応した固有の野菜がある国。その多様性は、日本の複雑な地形、南北に長い国土、四季の変化、そしてそれぞれの土地で種を守り続けてきた農家の営みが生み出したものだ。北海道と沖縄では気候がまるで違う。山間部と海沿いでも土が違う。その違いのひとつひとつが、固有の野菜を育てた。
あなたの地元にも、まだ知らない「宝の野菜」があるかもしれない。おばあちゃんの畑の隅で、名前も知られずに育てられている野菜。地元の直売所でだけ売られている、見たことのない形の大根。それが、何世代にもわたって受け継がれてきた在来種かもしれない。名前がなくても、流通していなくても、その種には何百年分の土地の記憶が詰まっている。
在来種を守るとは、単に古い品種を保存することではない。その種が持つ遺伝情報を、未来の世代に引き継ぐことだ。それは、食の選択肢を守ることであり、気候変動への備えであり、日本の食文化の根幹を守ることでもある。種を食べることはできないが、種がなければ食べることができない。種は、食の「出発点」だ。
スーパーの棚に並ぶ均一な野菜の向こう側に、もう一つの野菜の世界がある。形が不揃いで、大量生産には向かないけれど、味が濃くて、個性があって、その土地の記憶を宿している野菜たち。彼らは声を上げない。棚に並んでアピールすることもない。ただ静かに、誰かが種を蒔いてくれるのを待っている。
次に直売所や道の駅に行ったとき、見慣れない野菜があったら手に取ってみてほしい。名前を聞いてみてほしい。「これは何ですか?」と。その一言が、消えかけている種を未来につなぐ、一番身近な方法かもしれない。
日本には大根だけで150種以上の在来種がある。その多くが、今まさに消えようとしている。在来種を食べることは、種の多様性を守ること。あなたの地元にも、まだ知らない「宝の野菜」があるかもしれない。