スーパーの麺売り場で「ざるラーメン」の袋を最後に見たのは、いつだったろう。
正直に書くと、筆者はしばらく思い出せなかった。冷やし中華なら毎年夏に見る。つけ麺なら店でも家でも食べる。でも「ざるラーメン」と書かれた袋を最後に手に取った記憶が、どうしても出てこない。
ところが東北や北海道の出身者に聞くと、話がまるで変わる。「夏はあれでしょう」と、当たり前の顔で返ってくる。そうめんと同じ棚にあるものとして、彼らの記憶には最初から入っている。
同じ国の、同じ夏の、冷たい中華麺の話なのに、育った場所で記憶がここまで食い違う。しかも多くの人は、ざるラーメンとつけ麺の違いを、うまく説明できない。今日はその二つを並べてみたい。どちらが上という話ではなく、どこで道が分かれたのか、という話だ。
ざるラーメンとは何か。東北では当たり前の、夏の麺
まず定義から。ざるラーメンとは、中華麺を茹でて冷水で締め、めんつゆにつけて食べる料理である。地域によって「ざる中華」「中華ざる」とも呼ばれ、北海道では「ざるラーメン」の呼び名が通りやすい。
特徴は薬味に出る。ワサビ、ネギ、海苔。どれも蕎麦にならった和風のものだ。つゆも、中華スープではなく和風のそばつゆを使う。麺だけが中華麺で、あとはほとんど、ざるそばの作法がそのまま残っている。
この料理が東北でどれだけ根づいているかは、数字を見ると分かりやすい。日本経済新聞が伝えた調査では、「ある」とはっきり答えた割合が青森で100%、秋田で73%、岩手で69%、山形で67%。東北の4県が突出している。関東以南にも似た料理はあるが、一般的とは言いがたい。
ここで一つ、混同されやすいものを整理しておきたい。冷やし中華とは別物である。冷やし中華は、具をのせた麺に甘酸っぱいタレを回しかけて食べる。ざるラーメンは、麺とつゆが別で、つけて食べる。夏の棚に仲良く並んでいるが、成り立ちが違う。
ざるラーメンとつけ麺の違いは、つゆの設計にある
では、つけ麺とは何が違うのか。麺を冷やして、つゆにつけて食べる。字面だけ見れば同じである。
どちらも、出発点にざるそばがある
調べていて意外だったのは、この二つが対立するものではなかったという点だ。どちらもざるそばを見ながら生まれている。
ざる中華の起源については、戦前から続くそば店が戦後にラーメンを出すようになるなかで、中華麺をざるそばのように食べる形が生まれたのではないか、と推測されている。断定できる資料があるわけではないが、そば屋の店先で中華麺が冷やされた光景を思えば、無理のない筋だ。
一方のつけ麺は、発祥に諸説あるものの、1955年(昭和30年)に東京・中野の大勝軒で山岸一雄氏が考案し商品化したという説が定説とされる。同年4月1日から「特製もりそば」として品書きに加わった。
面白いのは、その始まりがまかないだったことだ。茹で上げた麺をざるから丼へ移すとき、ざるに何本か残ってしまう。それを取っておき、まとまったところでスープや唐辛子、ねぎを入れた湯飲みに落として食べる。ざるそばのように食べていた——という話が伝わっている。
つまり、ざる中華もつけ麺も、同じ場所から歩き出している。
分かれ道は、つゆを和風にするか、中華風にするか
では、どこで道が分かれたのか。つゆである。
ざる中華は、つゆをそばつゆのままにした。だからそのまま口に運べる濃さで、蕎麦と同じ薬味が合う。麺が中華麺に替わっただけで、食べる体験は蕎麦の側に残った。
つけ麺は、つゆを中華の側に振った。油脂や酢を加えた、それ単体では飲みきれない濃さのつけ汁になる。だから最後にスープで割る。あの「スープ割りをください」という一言は、つゆが中華風に振れた結果として生まれた作法だ。
麺を冷やしてつゆにつける、という同じ入口から、片方は蕎麦の作法を残し、片方はラーメンの濃度へ向かった。違いは麺でも温度でもなく、つゆの設計にある。
この構図が見えたとき、筆者はようやく腑に落ちた。長いあいだ、ざるラーメンを「つけ麺の簡易版」のように思っていた。まったく違った。どちらも完成した別の料理で、目指している場所が違うだけだ。
つけ麺ブーム以降の首都圏と、ざるラーメンが生きる地域
それでも、首都圏でざるラーメンを見かけなくなったのは事実だと思う。理由の一つは、席が埋まってしまったことだろう。
つけ麺が全国的に広がったのは2000年代の中盤だ。2000年に川越で開いた頑者が、極太麺と濃厚なつけだれ、魚粉という組み合わせを打ち出し、2005年に大崎で開いた六厘舎が人気に火をつけた。「濃厚魚介豚骨系」と呼ばれるこの流れは、専門店を首都圏から地方都市まで一気に増やしていく。
冷たい中華麺をつゆにつけて食べる——その枠を、首都圏ではつけ麺が占めた。同じ枠に二つは並びにくい。ざるラーメンが消えたというより、選ばれる場面をつけ麺が引き受けた、という言い方のほうが近い。
ただ、これは首都圏の話にすぎない。東北と北海道では、ざるラーメンはいまも家庭の麺として現役だ。市販品の歴史も古く、昭和40年頃には岩手の製麺業者が売り出していたと伝えられる。いまも東洋水産が「北の味わい ざるラーメン」の名でチルド麺を出していて、和風つゆのほかに焙煎ごまだれ、花椒の効いた担担だれといった顔ぶれが並ぶ。少なくとも2015年にはリニューアルが告知されているので、一過性の商品ではない。
「北の味わい」と冠されているところに、この麺の立ち位置がよく表れている。全国区の顔をしていない。その代わり、ある地域では毎年夏に必ず棚へ戻ってくる。富山ブラックや札幌の純すみ系と同じで、土地に根を張った麺は、流行が過ぎても消えない。
次に麺売り場で、ざるラーメンを探してみる
この記事を書きながら、ひとつ心残りがある。筆者はまだ、ちゃんとしたざるラーメンを食べていない。冷やし中華の記憶で代用していただけだ。
だから次の買い物では、麺売り場をもう一度ちゃんと見るつもりでいる。冷やし中華の山の隣か、そうめんの並びか。北海道や東北のフェアが立つ時期なら、見つかる確率はもっと上がるはずだ。
買ったら、薬味だけは省かずにいきたい。ワサビとネギと海苔。あれは飾りではなく、この料理が蕎麦から受け継いだ設計そのものだからだ。
つけ麺のスープ割りが好きな人ほど、たぶん驚く。同じ入口から入って、こんなに違う場所に出るのかと。
夏の棚に、まだ知らない麺がある。